Night lover番外編(夜霧×久遠②)


「久遠は朝ご飯食べる派?食べない派?」


「どちらかと言えば買食い派。」


「そう、手料理苦手なんだね。」


「………俺、その話したっけ?」


「反応見りゃわかるよ。食べること聞いた瞬間嫌悪感見せたもん。」


眉間の皺寄ってるよ、と夜霧の人差し指が久遠に伸ばされグリグリされていた。


ここ数日間、夜霧のマンションの一室で過ごすようになった久遠である。


あまり長く帰らないと桂月に言い訳できないので二、三日を目処に泊まり込みながら行ったり来たりしているのだ。


心配されるというのは厄介だなと思い始めていた頃である。


そして相変わらず何も言わずに相手のことを理解する夜霧は懐っこい笑みでスキンシップも多い。


「相変わらず凄いねその能力。」


「能力って言うほどのもんじゃないけどね。」


「それを当たり前に思って生きてきたならそう言うだろうね。でもそんなことできる人間は少ないよ。」


「久遠は自分のことも他人のことも論理的な理解が必要なタイプだもんね。俺はそれらを言葉ではなく表情や仕草で読み取って根拠にしているんだよ。」


「言い分はわかるよ。でもそれが出来る人間という時点で凄いと言ってるんだ。」


「ありがとう。ちょっとは俺のこと認めてくれたってことだよね?嬉しいよ。」


「ふむ…。本当に嬉しそうだね。」


「こんなことで嘘つかないよ。意味ないじゃん。」


「夜霧の嘘と本当は見分けやすいから。」


「ええ、そんなこと初めて言われた!俺、嘘は得意なのに。」


「お互い嘘つきだからじゃない?」


「そんなもんかなあ〜?」


「あと俺に懐きすぎね。」


「だって久遠といると退屈しないんだもん!」


結局、夜霧とは秘密で特別な友達関係を築いていたがそれは結構一方的だった。


というのも夜霧が久遠に懐きまくっていただけで、久遠は特別なことをしているわけじゃなかったから。


「それじゃあモーニングしてる店でも探して入る?手料理が苦手なのはカフェやチェーン店のものまでは含まれないよね?」


「なんでわかるの?」


「こんな時代に手料理が苦手なんて言う奴は潔癖症か、薬毒物でも盛られて命を狙われたことがある奴に決まってる。前者であれば他人の居住空間で寝られるわけないから、久遠は後者だと思っただけだよ。大財閥の愛人の従兄弟だもんね。」


「やっぱり凄い能力だよ。」


「でもみんな怖がって離れるんだ。」


「他人を意味もなく怖がらせて楽しんでる癖に、怖がられることに傷ついてるみたいな言い方するんだね。」


「こういう言い方をすれば意図的にしているとは思われないでしょ?」


「なるほど。悪い奴だ。」


「そんなの今更じゃん。」


何気ない会話はやっぱりどこか物騒ではあるが、二人にはこれが当たり前だった。


一緒に学校へ行き、学年が違うというのに休み時間ごとに夜霧が入り込んでくるのだ。


学校では誰とも連んでいなかった久遠が相手をしていればどういう関係なんだとやんごとなき噂も広まったくらいである。


ただ夜霧の懐っこい笑みと口のうまさはそんな噂もかき消して、久遠のクラスメイトから可愛がられるようになっていた。


「久遠、帰るなら声かけてよ。なんでひとりで行くかな。」


「他の連中と楽しそうにしてたから。」


「あんなのどうでもいいよ。」


「あんなのって…、」


「広く浅い交友関係があればある程度情報も回ってきたりするんだよ。それに円滑な人間関係を築いておけばいざという時助けになってくれたりするしね。」


にっこりと懐っこい笑みは変わらないというのに、どうでもいい人間に対する接し方は利害性しか追求されていない。


「恐ろしい奴。」


「久遠がそれ言うの?」


「俺は物理的なことしかしない。」


「物理的なことも十分怖いよ。」


クスクスと笑いながらも夜霧が本当に着いて回るのは久遠にだけだった。


「ねえ久遠、合法的に暴力ができる場所に行こう。」


「なにそれ?」


「いいから来て。」


しかも夜霧はその口のうまさと懐っこさであらゆる人間関係を構築しているおかげで、


「ボクシング?」


「そう。スポーツで発散するとか考えたことない?」


「そういえばなかったな。ふむ…、確かに合法的ではあるか。」


最初は格闘技やスポーツ関連のジムだったり道場に連れて行かれたのだ。


当然ルールなんて速攻で記憶してしまう久遠は数日も練習すれば対戦ができるほど運動神経もよかった。


ボクシングから始まり、柔道に空手、カポエイラや剣道まで対人戦のものをひと通り出来るようになると…、


「久遠〜、今日はどこ行く?」


「やめる。」


「え、なんで?」


「大会やらなんやらと誘いがうるさくなってきたから。目立ちたくないんだってば。」


「ああ〜、なるほどね。でも発散にはなった?」


「まあまあってところかな。ボクシングはグローブが邪魔だし、柔道は物理的に殴れないし、空手は対人戦になると寸止めが基本だからやってられない。他にも聞く?」


ジロリと睨まれるような視線に、けれど夜霧はにっこりと笑っていた。


「基礎ができたらって約束だったし、次の段階に進もうか?」


「約束?なんのこと?」


「久遠も裏と表で生きられるようになる必要があると思ってね。俺の育ての親に頼んでたんだ。でもそれをするなら基本的な体力とバランスのいい肉体づくりをしろって言われててね。」


「勝手に人のことを決めるなよ。」


「でも必要だってことは自分でも理解してたでしょ?」


「………。」


「ほら、図星だ。俺は物理攻撃タイプではないからこういう特訓は本当に基本的なものしかしてないんだけどね。久遠は違うからさ。」


特訓の仕方は人に合わせないとね、と夜霧は相変わらず懐っこい笑顔を浮かべるがその時だけは仄暗さを纏っていた。


そのチグハグさに慣れてきた久遠はため息をついていた。


「だからここ最近ずっと視線を感じてたのか。」


「あ、気づいてたんだ?ルキ、もう出てきていいってさ。」


久遠を狙う連中かと思ったが、敵意のない視線だったので久遠自身は放っておくという選択をしていたようだ。


絡まれるならその時に確かめたらいいと思っていた程度だったが、夜霧という奴の知り合い関係は本当にとんでもない。


そう思い知らされたのは育ての親であるルキことルシファーを紹介された時だった。


黒々とした髪は艶があって夜に溶けるよう。


その中で一番目を引くのは青々とした瞳の色。


にこやかに不敵な微笑みを浮かべ、全身黒ずくめの中で一番存在感を主張するのは瞳だった。


しかもこの男が国際指名手配中の有名な詐欺師であることを知るのはそう遅く無かったのだ。


「初めまして、夜霧がどうしてもとうるさくてね。陰ながら観察させてもらってたんだ。悪かったね。」


「いや、」


「ねえルキ!久遠は合格でしょ?俺、こんなに面白い奴見つけたの初めてなんだよ!」


「わかったわかった。彼の発言を遮るのはよしなさい。」


まるで子供のようなはしゃぎっぷりの夜霧をやれやれといった表情で宥めるルシファー。


それは確かに血の繋がりがないと言われてもわからないほど親子だった。


側から見たら久遠と桂月もこんなふうに見られているのだろうかと考えるくらいには。


「本当に懐いてるんだね。夜霧の面倒を見てくれてありがとう。」


「慣れって怖い。」


久遠は相変わらず無表情が基本的であり、他人に心を動かされるようなことはなかった。


夜霧の感情表現が豊かすぎて、側に居る久遠も人間らしく見られがちではあったが、それは全て夜霧のおかげである。


「ふうん、なるほどね。」


「?」


ルシファーは久遠の体格を見ながら肩や腕を触りつつ、一通り確かめてあっさりと物騒な言葉を落とした。


「人殺しを教えてあげるよ。」


「は?」


キョトンとする久遠に対してルシファーはにっこりと笑うだけ。


ああ、確かに夜霧を育てた人だなとわかるほどそっくりな人を舐め腐った笑顔である。


「とは言っても俺は物理攻撃は専門外だから紹介してあげるよ。本物の殺し屋を。」


「………。」


「ポテンシャルは高そうだしサイコパスであれば無駄な感情を抱くことはないだろう。殺人鬼に身を落とすなんて勿体無い。」


「褒められてる気が全くしない。」


「事実を考慮した上での判断というやつだ。君は自分が思っている以上に理性的で本能的だ。矛盾した性質をうまくコントロールできているがまだまだ未熟なんだよ。」


「それは、自分でも痛感していることだな。」


うむ、と久遠が理解できると示す態度にルシファーはにこやかなまま続けていた。


「君は殺し屋に向いている。だから本当に身を落とすことを選んだ時、こちら側でも生きられるよう殺しの術を身につけておけばいい。僕が夜霧に詐欺師としての全てを教えたようにね。」


言い分はわかる。


しかも夜霧が詐欺師だと言われると物凄くしっくりきた久遠である。


「俺は殺人をする時は死ぬ時だと思ってたんだけどね。」


「うわあ〜、そういう極端なこと考えそうだね久遠。でも絶対そんなことはさせない。」


「なんで夜霧が勝手に決めるんだよ。」


「生きててほしいからに決まってるじゃん。」


「………。」


「生きる理由はないけど死ぬ理由として殺人を選ぶ最終手段は考えていたってことだよね?絶対認めない。」


「だから勝手に決めるな。夜霧の許可なんか必要ない。」


「嫌だね、久遠には生きててもらう。こんなに居心地のいい面白い人間は中々居ないんだもん。だから頑張って裏で生きる術を学んできて。」


「なんて勝手な理由だ。」


「生きるために必要な手段を授けるって言ってるのに何が気に食わないのさ?」


「俺の意思を無視して自分のために俺を生かそうとしているところだろう。」


「殺せるだけ殺したら死んでもいいなんて理由で死ぬ奴のほうが勝手だろう。」


「俺の生き方を俺が決めるのは当然だ。」


「そんなことないよ。他人に共感できない奴にはわからないだろうけど、少なくとも久遠が死ぬことで悲しむ奴は二人もいる。」


「それがどうした。悲しんでくれなんて頼んでない。そもそも悲しまれたところで死ねば終わりだ。そんな無駄なことをする意味はないだろう。」


久遠が眉根を寄せて問いかける内容に、夜霧があからさまに落胆する。


人の感情を理解できない化物。


まさしくそんなことを言われてもおかしく無い言い分を口にしたのだから。


「ルキ〜、俺は傷ついた!」


「はいはい、まだまだ彼のことをコントロールは仕切れないようだね夜霧。お前も未熟なんだから同じく特訓を再開しようか。」


「ええええ〜っ!俺も?!巻き込まれ損?!」


「自分から言い出したんだろう?久遠を生かすならお前も生かされて当然だ。勝手に死ぬことを許さないならお前もそうあるべきだろう。」


「ううう〜。」


ルシファーの言葉は一理ある。


夜霧はサイコパスでこそないが、生きる理由も死ぬ理由もないからフラフラしているだけだとにこやかに言い切るような男だ。


どっちで生きるか決められるよう訓練を受けているとしても、死ぬ理由が出来たらそんなものは無意味に終わる。


この二人にとって共通点といえばそこだろう。


理由があれば躊躇わない。


それが生きるための行動だろうが死ぬための行動だろうがだ。


だからルシファーはお互いを牽制し合って生きていけというような言い方をしたのである。


「ほら、行くよ二人とも。これから忙しくなる。」


「うえ〜、俺まで特訓なんて聞いてない〜!嫌だ〜!久遠、一緒に逃げよう!」


「本当に勝手な奴だね。夜霧が連れてきた癖に、次の瞬間には一緒に逃げようなんて。」


「だってルキは容赦ないんだもん!」


「そんなこと俺の知ったことじゃない。」


そんな二人の会話を聞きながらルシファーは静かに笑っていた。


ペットが増えてしまったなと思う反面、夜霧が自分から誰かを生かしておきたいなんて言って直談判してきた存在だ。


夜霧という動物は懐っこく見えて実は誰にも何にも執着がない男なのだが、どうやら久遠に対しては違うらしい。


「逃げようよ〜!しんどいの嫌じゃんー!」


「俺を生かすんじゃなかったのか。」


「それはそうなんだけどさあ〜。じゃあ久遠、終わったら一緒に遊ぼうね。」


「やだよ、今日は帰る日だ。」


「俺も嫌だ!遊ぼうよー!」


「引っ付くんじゃない。なんなんだお前は。喜怒哀楽が激しすぎてついていけない。」


「久遠が喜怒哀楽なさすぎるんだよ!今日は帰さないから!」


「身勝手なうえに我儘まで…。俺がそれを聞いてやる義理はないだろう。」


「仲良くするって言ったもん!」


「う…。」


「だから俺のこと構わないと幼馴染?従兄弟?どっちでもいいや。そいつ壊すから。」


にっこりと屈託のない笑顔で言い切る夜霧である。


表情と発言が噛み合ってなさすぎる。


…が、


「こら夜霧、脅し方が雑すぎ。あと私利私欲を出し過ぎ。相手を引き止めるための手段としてそれはよろしくない、やり直し。」


「これも特訓に入ってんのルキ?!」


「待て待て、なんだその指摘の仕方は。やり直しじゃない。俺は付き合わないから。」


物騒な会話にルシファーが冷静な指摘を入れることでカオスとなっていた。


「ほら、早くしないと久遠が逃げるよ。引き止めるならもっとやり方があるだろう夜霧。」


「だって久遠は感情に訴えても何も効かないんだもん!強引に脅すしかなくない?!」


「共感できなくても心はあるんだ。強引な脅しは逆効果だよ。むしろこういう理論的なタイプは利害性がハッキリしていれば納得してくれるんだよ。」


「なるほど。じゃあお互い生きる理由になろうとしてるんだからちょっとの我儘くらい聞いてって感じ?」


「まあ、悪くはないけど通用するかは微妙だね。」


「うーん、案外プロの殺し屋に会えることに興味があると思うんだよね。さっき勝手に俺の人生決めるなって言ってたし、俺の我儘聞いてくれなきゃこの話を無かったことにするっていうのは?」


「ふむ…。じゃあやってごらん。お前もやっぱりまだまだだねえ。」


「え?やっぱりダメ?どう思う久遠?」


目の前のやりとりはどうすれば久遠を引き止めることができるかという論争だったが、取り敢えず本人を目の前にしてやることではない。


そんな突っ込みも入れたかった久遠だが、取り敢えず…、


「この話が取り消されるのは構わない。個人的にルキと取引するからね。だから夜霧に構う理由はない。」


「………ひどい!」


がーーんと落ち込む夜霧が泣きそうな顔で抱きついてくるのである。


その様子を見ていたルシファーは「ほらね。」とつぶやくだけ。


すると夜霧が手段を無くしたのか急に久遠に抱きついていたのだ。


「なんでいちいち抱きつくんだよ夜霧。」


「言葉がなんにも効かないんだもん!物理的に引き止めるしかないじゃん!」


「なんでそこまで…、」


「俺の言葉が通用するまでは付き合ってもらうから…!」


「また勝手なことを…。ていうか離れてほしい。」


「嫌だ!」


夜霧の暴走に巻き込まれるだけの久遠だったが、


「こら夜霧。どうすればいいかわからなくなって幼稚な行動に出るのはよろしくない。罰ゲーム与えるよ?」


「だってえ〜っ!じゃあルキならどうやって引き止めるか教えてよ!」


うわん!とベソをかく夜霧だが、涙は出ていない。


それらが全て演技なのかどうかはわからないが、ある程度計算してやっているのはわかる。


久遠がそれにわざわざ騙されてやるような性格でないことは明らかだ。


そこまでを踏まえてルシファーは「なんでこんな簡単なこともわからないかな?」と言いながら久遠に向き合うのだ。


そして、


「夜霧はまだ未熟だが才能はある。口下手な久遠にとって将来的に役に立つのは保証するし夜霧から社交性も学べるんじゃないかい?だから仲良くした方が自分のためにもなると思うよ?」


「………それは、ルキじゃダメなの?」


「俺は夜霧を育てる側だからね。未熟な殺人鬼なんて相手にする気はないし、相手にしたところで俺にとって何かメリットがあるとも思えない。君は決してプロではなく、プロになれるように訓練を受けるだけなのだから。」


「なるほど。綺麗な回答だ。わかりやすい。じゃあ、夜霧の我儘くらいは許容するとしよう。」


納得した久遠が初めて了承した姿に夜霧が目を輝かせていた。


「ルキすごい!」


「お前が未熟者なんだよ。」


「俺、ちゃんと人のこと見てるつもりだよ?他に何が足りないっていうのさ!」


「相手が何を求めているかも大事だが、基本的に共感できない相手に感情で訴えても無駄だ。それをわかっても言葉で負けてしまうのは相手を見ているつもりで自分の欲を優先するからだ。」


「ううう……っ。それは、その通りかもしれない…!」


うええん、と夜霧がしょぼんとする姿は愛くるしいし可愛がりたくなるのが普通だ。


けれど、久遠に誰かを愛でる心があったら夜霧に懐かれたりしていないし、ルシファーに会うこともなかっただろう。


「あと、夜霧のその子供のように無垢な性質も武器にはなるけど久遠には効かないから。いつも通りの対応にしなさい。」


「効かないのはわかってたけどさ〜。ルキが同情してくれるかなって思って。」


「するわけないだろう。わかっててなんでそんな無駄なことをするかな?」


「えええ〜!でも心はあるんでしょ?気に入ったり執着したり、欲を持て余すことはやってるんだからさ。俺は久遠の感情を引き出してみたいんだよ〜。」


「ふむ…、なるほど。着眼点はいいと思う。」


夜霧の言い分にルシファーが納得したらしく、久遠をチラと見ていた。


何がどういいのかわからないと言いたげな久遠は相変わらず表情が乏しい。


基本的に人間らしく笑おうとする時は桂月の前が多いのだが、それ以外は割と無表情なのだ。


結局のところ、桂月は特別ではあっても素を見せる相手とは違っていて、


その他大勢に笑顔を作るのは正直しんどいだけだった。


そんな久遠にルシファーは意味深に笑うのだ。


「なに?どういう意味の笑顔?」


「久遠、訓練が終わったら小一時間僕のところにもおいで。」


「は?なんで?」


「人間の常識を身につけることと、人間らしさを自然に振る舞えるようにすること。この二つを教える。」


「俺に必要なことだね。」


「わかってるんだね。」


「そりゃあ…、」


「普段は夜霧を見て学ぶといい。こいつはそっち方面に強いから。」


「そっちって?」


「人間の心理的行動を把握して操ること。」


「……それから何を学べるっていうの?」


「人間らしいってどういうものか、かな。」


「わかった。」


「夜霧と仲良くしろとは言わないけど、お互いに自分の素を晒せる相手にはなれると思うよ。」


「だから?」


「だからきっと楽な関係になれる。隠し事のない間柄というのは気楽だからね。」


「……あまり深入りしたくないんだけど、」


「深入りしようがしまいが、要らないって思ったら君はそれまでの人間だろう?夜霧の必要性があるうえに、それはきっと要らないって判断になりそうにないから嫌なんでしょ?」


「なるほど。」


わかりやすい、と頷いた久遠の素はどっちかというとこっちだったのだ。


無表情で淡々と事実や利害性を考慮した話し方。


桂月や世理の前ではにこやかに振る舞っているが、本当にその時だけ。


学校を別々にしたのもこのためだ。


一日中笑顔なんて作れないし、いつどこでボロが出るかもわからないから。


この日から始まった誰にも言えない特訓の日々で、久遠と夜霧は人知れず仲を深めることになったのだ。




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