Night lover番外編(夜霧×久遠③)
「夜霧。」
「あ、久遠〜。こっちこっち。」
時が経つのは早く、久遠が大学に入った頃も関係は続いていた。
なんだかんだ訓練で顔を合わせたりはするが、それ以外のプライベートでも二人はよく話をしていた。
待ち合わせは特に決めておらず、今回は夕飯を共にするべく駅前の待ち合わせだった。
先に着いていたらしい夜霧が高校の制服姿で手を振るのだ。
「遅いよ久遠〜!」
「遅くなるって連絡入れておいたじゃん。」
「でも遅い!高校生が時間潰すなんて限りがあるんだから!」
「悪かったよ。」
そんな会話をする久遠は出会った当初より夜霧を警戒しているはずもなく、表情だって自然と作れていた。
そしてルシファーに言われた通り気楽な関係が長続きしており、夜霧のスキンシップの多さも慣れてしまったほどだ。
最初はあんなに嫌がっていたのに夜霧が嬉しそうに抱きついてきても動じなくなっていた。
むしろよしよしと軽く頭を撫でてやれば満足そうにして離れる。
それを知ってからは、ある程度のスキンシップをするようになっていた。
「どこいく?」
「人が少ないところがいい。」
「いつもそれ言うじゃん〜。」
「じゃあなんか作ってよ。」
「手料理苦手でしょ?俺が作ったもの食べられるの?」
「夜霧は俺を生かしたいんだろう?疑う余地がない。」
「それもそうか。いいよ、何食べたい?」
「適当でいい。」
「そういうの一番困るんだけど?なに?俺に話したいことでもある?」
「うん。」
並んで歩く二人は当初より仲を深め、久遠が気を許した相手になっていた。
「じゃあ鍋にしようか。簡単だし。」
「なんでもいいよ。」
そんな会話で早々に夜霧の部屋に辿り着けば、手際よく作ってくれた鍋が運ばれたのだ。
リビングでそれを囲い、箸を片手に会話を切り出したのは夜霧だった。
「大学でなんかあった?情けない桂月絡み?」
「なんでわかんの?」
「だって久遠が俺と早く話したがるのは大体困った時じゃん。そんでもって久遠の人間関係で深く関わってんのは俺か従兄弟の桂月くらいしかいない。」
「思った以上の才能があったようでね。目立つなと言ったのに、大学の研究室で薬の開発をやりとげやがったんだよ。」
「良いことじゃん。世間に認知してもらえれば確かに敵も増えるけど、下手な殺し方はできないし。」
「だからと言って自衛ができても喧嘩程度。会社を作るとしても経営者になれば実家がどう出てくるか目に見えて明らかだ。」
「答えは出てるんでしょ?久遠が代表になって会社を回して、商品開発はその従兄弟がメインになれば良い。」
「…………、」
「でも会社に縛られたくはない、か。なるほど。」
「まだなにも言ってないじゃん。」
「言わなくてもわかるって。」
クスクスと笑いながら夜霧は鍋の具をよそっていた。
「じゃあさ、共同経営にすれば?実際の運用は久遠がするにしろ、桂月の名前も入れておけば久遠がなにかしらの理由で去ったとしても桂月がなんとかできるじゃん?」
「確かに。それはいい考えだね。」
「実家のことも含めてどうせ向き合わなきゃならない時が必ずくるもんだよ。その時、久遠が必ずそばにいるかは別の話しだしね。」
「桂月が一人でなんとかできるとは思えないけど…。」
「じゃあ向き合う時は久遠に連絡するかもね。今まで聞いてきた桂月の人物像から推測する行動だけど。」
「ああ、してきそうだね。やれやれ、俺離れして欲しいんだけど。」
「久遠だって俺のこと嫌がってたのに今じゃ自分から連絡してくるじゃん。俺離れできる?」
「俺は桂月離れならできるから言ってるんだよ。」
「なるほど、俺も久遠離れはできないかもなあ。」
ふふっと笑う夜霧は相変わらず懐っこい笑みを浮かべるがあの時ほどあからさまではない。
久遠も自然な笑みを浮かべて話すくらいには二人の時間を楽しんでいた。
「一層のこと会社を大きくして金儲けしたほうが社会人として申し分ない地位と身分ができるし、まさか人殺しの方法を熟知した暗殺者もこなせる危ないやつとは思われないかもよ?」
「ふむ、一理あるね。」
「下手に疑われた方が面倒だしね。桂月の能力をこっちも利用させて貰えばいいじゃん。世間に溶け込んで自分が生きる場所をゆっくり見定めていけばいい。」
「確かに。桂月の利用価値がまさかこんな形で発揮されるとは…。」
「案外、よくやってるよね。久遠に捨てられない為にさ。意識的ではないかもしれないけど自分の能力と価値の示し方がうまい。」
「あいつが意図的にそんなことできるわけないよ。」
「じゃあ久遠にも必要な人間なのかもよ?運命の悪戯ってこういうことかもね。」
「そんな根拠もない理由をよくも述べられるね。論理的な回答を求むよ俺は。」
「ほんとこういう言い方嫌うよね久遠。でも根拠や理論を証明できない事柄というのはあるんだよ。それらを否定したら大事なことを見落とすかもしれない。」
「もっとわかりやすく言えないの?」
「例えば、人間って生き物は全てが久遠のように論理的な思考で生きてるわけじゃない。予測できない行動があるし、その人によって信じるものや価値観が違う。不思議なものを信じている人もいれば、少女思考を持っていたり論より感情で動くタイプもいる。」
「つまり、夜霧にとって人間観察は最早息をするように当然のことで、観察する情報から受け取るものすべてに論理的な理由をつけられるわけじゃないと?」
「その通り。だから初めて久遠にあった時、論理的すぎて逆に混乱したくらいだからね俺は。」
「確かに口は回るくせに俺のことは抱きついて止めにかかってきたね。」
「誰にだって感情はあるし、説明できず身体が動くこともあるのに。久遠はそういう人間らしい部分が欠落してたからね。面白いと思う反面、俺が思い通りにできないなんてもどかしいったら。」
「人間を思い通りにできること自体がまずありえないことだと自覚した方がいいよ夜霧は。」
夜霧の作った鍋を躊躇いなく食べ進める久遠に、夜霧はにっこりと笑っていた。
「久遠をコントロールしようなんて今は思ってないよ。息がしやすい場所って感覚かな。」
「それはお互い様だろう。俺が人間らしく自然に振る舞えるのも夜霧と一緒にいたおかげだしね。」
「どっちで生きるか決めたら教えてね。それまではお互いに死を選ぶことのないよう牽制し合おう。」
「夜霧も選んだら教えてね。その時は俺が消えるから。」
「まるで俺の方が先に決めるってわかってるような言い方するね。」
「わかってるよ。俺は共感できない分、実感や自覚をすることに時間がかかる。でも夜霧はそうじゃないだろう。」
「そうかもしれないけど、消えるまでしなくていいじゃん。」
「犯罪者の道を選ばなかったら、俺やルキとの繋がりは邪魔にしかならないじゃん。」
「そうかもね、でもそれくらいうまくやるだろう?俺は二人を手放す気なんてさらさら無いもん。」
「どうだか。」
「むしろ久遠はあっさり捨てられるからそう思うんだよ。だから俺にも捨てられて当然みたいな言い方するんだ。」
「じゃあどういう考え方が正解?」
「気の許せる相手同士、どんな形になっても一緒にいようとするのが正解だと思う。」
「夜霧が一般的な家庭とか持っても?」
「そうだよ、当たり前じゃん。どんな生き方を選んでも、なにかあったら駆けつけるし協力する。それが例え裏仕事でもね。久遠は俺にそうしてくれないの?」
「………わからない。考えたことないから。」
「じゃあ考えて。」
もくもくと食べながら、淡々と行われる会話。
夜霧といるようになって少しはマシになったが、相変わらず久遠は他人への関心が低すぎる。
特訓のおかげで殺意や人殺しへの興味のコントロールも学べたおかげで暴走することは無くなったが、
それでも誰かを大切に思ったり、一緒にいようとする感情はまるでわかっていないのだ。
「俺は夜霧と過ごすことを楽だと思っている。深入りして良かったと思った初めての人間だ。つまり特別だね。それだけではダメなのかい?」
「その続きが聞きたい。」
「続き?」
「特別だから、なに?」
「なに、とは?」
「特別だから俺とどうなりたいの?」
「…………。」
その瞬間、久遠は停止していた。
つまり思考の海に溺れて考え込んでしまっていた。
自分の中の回答が出るまでこの状態なので夜霧は気にせず食事を続けるのだ。
数十分後、すでに鍋は雑炊に変わっており締めを食べすすめていた夜霧である。
最中、
「どうなりたい、というのは抽象的すぎないか?そんなもの時間が経てばいくらでも変わるだろう?そんな回答を出せと言うのは無理がある気がする。」
…と、論理的すぎる回答に夜霧は目をパチクリとしていた。
「俺は今のことを聞いてるんだよ。時間が経った時にどんな変化をするかまで聞いてない。」
「む…、じゃあ仲のいい友人、じゃないの?」
「友人をさっきあっさり捨てる発言してたじゃん。でも特別だって言う。それはどういう意味なの?矛盾してるよ。」
「特別だけど、俺のせいで夜霧の人生を台無しにするなら俺は要らないと思ったまでだよ。」
「なんで久遠が決めるの?それは俺が決めることじゃん。俺は一度だって久遠を要らないなんて思ったことないのに。」
「人間の感情の移ろいというのが俺は1番苦手なんだ。必要かどうかなんてその時々で決まる。それなら一層、俺にとって必要かどうかで判断した方が早いだろう?」
「……なるほどね、そういう考え方になるのか。共感できないからこその最適解だね。」
「他にどんな回答があるっていうのさ。」
「他人に振り回されたくない。だけど特別だと思ってる。それってつまり、大事な人だけど大切にする方法がわからないだけって聞こえる。」
「大事とか大切とか、意味は理解できているが実感したことがないんだよね。」
「ふうん?じゃあこの件は保留かな。」
「うん?」
「俺とどういう関係になりたいか。答えが出たら教えて。」
「………難しい問題だな。」
「久遠にはそうだろうね。」
「逆に、夜霧は俺とどんな関係になりたいわけ?」
「それを回答してしまったら答えを言ってるようなものじゃん。久遠が考えて答えを出してよ。」
「そんなこと言われてもなあ……。一層のこと恋人になるっていうのはどう?当たり前に隣に居られるし親密だ。結婚するのもいいかもしれない。」
「待って、俺はそっちのきらいはないよ。」
「でも物理的に側に置くという事を考えるとそういう関係が最適解ではないの?」
「好意というものをすっ飛ばしすぎだよ久遠。それは愛し合える存在に向ける関係性だ。俺は確かに久遠を愛してはいるけど、そういう関係のものじゃない。」
「じゃあなんだっていうのさ。ハッキリしない疑問は1番嫌いだ。」
「ハッキリわかったら教えてよ。どうせ久遠は俺を捨てきれないし、俺も久遠を捨てる気はない。お互い必要としていて、必要でなくても繋がりを維持してしまう。そんな関係の名前を考え抜いてくれ。」
「無理難題すぎる…。」
「あははっ。昔の俺みたいな感想言ってる。」
「夜霧にもわからなかった頃があるの?」
「そりゃあね。俺はサイコパスではないけれど、捨てられた子供だったからね。愛情ってものを全く知らなかった頃は久遠と同じような回答を出していたよ。」
「どうして理解できたの?」
「今も別に理解ができてるわけじゃない。でも知識としては備わっているんだ。俺は人間観察から情報を得るからね。」
「なるほど。他人の行動や仕草から読み取れる愛情表現を知っているだけってことか。」
「そういうこと。だから正解を知ってるわけじゃないけど、久遠よりは最適解を知識として理解しているってだけ。」
「じゃあ、俺たちは結局同じ穴の狢ってことだね。」
「そうとも言う。俺の方が感情面の理解は深いけどね。」
「知識があるのと、自覚があるのでは違うだろう。」
「それを言われちゃったら元も子もなくなるじゃん。」
肩をすくめる夜霧と、それに対して「確かに。」と呟く久遠。
お互いに他人に対する興味関心が低く、人としての常識や感情が欠落しているがゆえに誰かとの付き合いですらわからなくなる。
裏切ったり切り捨てたりするほうが簡単だからそちらを選ぼうとするのだ。
「鍋って美味しいんだね。」
「え、なにその感想。」
「食べた事ないんだもん。」
「ああ…。久遠って食に対して警戒心強いもんね。」
「夜霧も別に興味ないだろう?食べられたらそれでいいって感じだし。」
「生きるのって面倒くさいよねえ。」
「究極だな。」
「でも鍋でよかったでしょ。警戒心強くてもこれなら安心じゃん?」
「何か入れるとしても同じものを食べるからいつもより警戒しなくていいってこと?」
「うん、具材も買ってきたもの切って入れるだけだしね。」
「夜霧のことは疑ってないってば。」
「わかってるよ。でも鍋料理を知っておけたという点ではよかったでしょ?今後のために。」
「他人に手作り料理を頼むことがそもそもあり得ない。」
「わかんないじゃん?俺と同じくらい信頼できる誰かが出来るかも。それか、好きな人とかさ。」
「限りなくゼロに近い可能性の話しだね。」
「でもゼロではない。」
「興味ないよ。」
ふう、と息をついて食事を終えながらなんの期待も浮かべていない久遠。
その様子を見る夜霧はフッと笑うのだ。
「俺が先にそういう相手を見つけたらどうすんの?久遠寂しくならない?」
「どうだろう。寂しいってどんな感じなのかもわからないし。」
「聞き方が悪かったな。俺が生きる理由を決めたら、久遠は俺を遠ざけると思う。でも困った時はどうせ俺のところに来るだろうから迷わないで連絡しなよ?」
「聞き方の問題?確定してるってわかってる言い方じゃん。」
「ま、現実になればわかるよ。」
「未来予知より当たりそうだよね夜霧の言葉は。」
「俺のは予知じゃないもん。俺を遠ざけた時、久遠はきっと迷子になるからね。まずは自分の中の疑問を回答してくれるような話し相手を見つけるように。」
「……覚えておく。」
「きっと役に立つよ?俺の助言はね。」
「助言と言うには大分確定されてるから恐ろしいんだよ。」
「それともうひとつ。」
「まだなにかあるの?」
「俺と離れている間、寂しさを自覚しなくてもいいんだけど自覚してしまったらすぐ俺に連絡するように。」
「なんで?」
「自殺防止のため、かな?」
「自覚したら死にたくなるの俺?」
「わかんないよ。でも念のため、ね。久遠が誰を大切にしたいと思うかで変わりそうだもん。むしろ自覚したら躊躇いなく一線越える可能性だってある。」
「どんな状況を想定しているのか見当もつかないんだけど?取り敢えず寂しいという感情を自覚しなければ俺は平和なんだね?」
「おそらく、ある程度はね。」
「……他になんか助言ある?」
「あれ?聞く気になった?」
「自分のことなのに夜霧の方が詳しいんだもん。聞いておいて損はないと判断したまでだよ。」
「本当に論理的だなあ。俺に心配されて嬉しいとかありがとうとか言ってくれるのを聞いてみたいよ。」
「心配???」
「いや、いいよ。これに関してはいつか心配について怒ってくれる人に委ねておく。」
「怒られるの俺?」
「怒られるよ。でも理解をするかは別だけどね。久遠を怒るくらいちゃんと正しい好意を向けてくれる人に出会えたら怒られておきなよ。」
「…?わかった。他になんかある?」
「見ていて何かわかれば言うようにするよ。」
「夜霧は悪徳占い師になれるね。」
「そんな怪しい職業するなら堂々と詐欺師をするってば。」
「それもそうか。」
「うん。」
仲の良さを知るのはお互いだけ。
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