Night lover番外編(幼馴染❷(中学生編))
「いい感じに仕上がったよね桂月は。」
「なんだよ急に〜。」
ドサッと人を落としながら振り返る桂月は中学に上がって人が変わった。
いや、実際は抑圧された環境で生きる術を身につけた結果と言えるのだが…。
ガリガリで怯えていただけの子供はもういない。
「人を殴りたいなんて思ったことないって言ってたじゃん。」
「今だって別に思ってねえよ。」
「でもやられるまえにやる。」
「そう教えたのは久遠だろ。」
なんなのさっきから、と横目に睨みつけてくる桂月は本当に数年前とは別人と言っても過言ではなかった。
大人に振り回され、ボロボロになっていた姿が今ではただの不良少年である。
髪に艶も出ており襟足を伸ばしたスタイルで服装は黒を好む。
口調も多少乱暴になった。
「やっぱ向いてたね。」
「そうだな。」
喧嘩を売ってきた同年代の奴を返り討ちにしてハッと笑う姿はどこか投げやりにも見える。
「桂月はさあ、どうなりたいの?」
「はあ?なにその質問。」
「自分を守る術は教えたけどさあ、将来どうなりたいとかあるのかなと思って。」
「早く大人になって1人で生きられるようになりたい。」
「桂月らしいけどつまんないなあ〜。」
「面白い回答って逆になんだよ。」
「親の会社乗っ取るとかさ、復讐とかさ。」
「俺はあいつらと縁を切りてえんだよ。率先して関わる気はねえぞ。」
「ふうん?」
「………久遠は?」
「うん?」
「中学卒業したら何するか決まったのかと思って。」
「ああ、まだ俺と一緒に居たいと思ってるんだ?」
「悪いのかよ。」
「俺に裏切られる可能性とか考えないわけ?」
「………?ない。」
「なんで?」
「信頼してるから。」
「俺は心配だよ桂月。お前は一度信頼した相手を懐に入れてしまうと疑うより信じることを選ぶんだね。」
「でも俺の信頼を得られる方が少ないだろ〜。実際、今も久遠しか居ない。」
「まあそれは確かに。ていうか自分の世界に閉じこもってる引きこもりみたいなもんじゃん桂月は。」
「そうしないとあの場所で正気を保つことなんて無理だった。お前がズカズカ俺だけしか居なかった世界に入ってきただけじゃん〜。」
ふんと鼻を鳴らしてとっととこの場所から離れようとする後ろ姿に、久遠は目を細めて呟いていた。
「俺もそこまでは知らなかったんだよ。」
桂月は見た目以上に精神的にもだいぶボロボロだった。
すぐ久遠に懐いたように見えたがそうではなかったのだ。
それが発覚したのはそう遅くないことだった。
*
久遠の家に一緒に行くまでは良かったのだが、
「いらっしゃい、桂月くん。久遠と仲良くしてくれてありがとう。」
久遠の母親がにこやかに出迎えてくれたと同時、桂月は完全に黙り込んで久遠の背後にピッタリとくっついついた。
最初は人見知りなだけかと思っていたが、血のつながらない妹を紹介した時ですら警戒してひと言も話さないのだ。
さすがの久遠も違和感を感じて夕飯ができるまでの間、部屋に桂月を招き入れて問いただしていた。
「ねえ桂月。なんで話さないの?」
「こわい…。」
「怖い?なにが?」
「大人は怖い。」
「妹は大人じゃないよ?」
「そんなのどうでもいい。」
「どういうこと?」
「俺の世界は俺がルールだ。だから俺が好きな人しか入れない。俺は好きな人としか話さない。」
「…………。」
暗がりの子供部屋で明かされた桂月の暗く冷たい眼差しに、久遠は呆気に取られていた。
大人に振り回され、否定され続けて、暴力を振るわれていた桂月は自分の身を守る為に自分の
世界を作ることで精神面を守っていたのだ。
それはつまり自分だけが楽しむ、独りよがりな世界感とも言える。
けれど、現実世界で楽しみも喜びも1ミリだってないとしたら?
自分の世界を作ることで身を守るという方法に至るのはごく自然なことだったのかもしれない。
「わかった。じゃあ仲良くしろとは言わない。でも受け答えくらいしろ。」
「なんで?」
「大人に疑われたり気味悪がられるほうが面倒なんだよ。」
「わかった、がんばる。」
「それと、」
「うん?」
久遠は初めて、同年代の子供に興味を持った理由が面白いとか楽しそうなんて単純な理由だけではないと悟った。
「自分の世界にこもるなら、無口はよろしくない。本当に心を開く相手には素顔を見せればいいとは思うけど、そうでない相手なら生意気なくらいがちょうどいい。」
桂月はおそらく、久遠とは正反対の性質を持っている似たもの同士だ。
*
そこまでを思い出しながら久遠はフッと笑っていた。
血が繋がっているからなのかどうかはわからないが、やっぱり見立て通りの人間だった。
別人のように見えるが実際、小学生の頃とほとんど変わっていない。
桂月は自分の世界に入れる存在にしか心を開いたりしない。
言うなれば危険で自由な傍若無人っぷりは自衛しているだけの姿とも言える。
ただ自己肯定感が皆無の奴だから、自分がどうなってもいいと思っているからできる振る舞いとも言える。
「おい久遠、来ないの〜?」
先に行ってしまったと思っていた桂月が戻ってくる姿に、久遠は真逆の方向に歩みを進めていた。
「なに?どっか行くの?」
「桂月、そろそろ俺離れしようか。」
「なんで?」
「お前の世界で2人きり。ずっと一緒にいるつもりなんて俺にはないからね。」
「…………。」
その瞬間、足を止めた桂月がなんの躊躇いもなく久遠に拳を振り下ろした。
勿論、久遠もこうなることを理解して告げた言葉だったので前もって反応していた。
桂月の拳を片手で受け止めた久遠だったが、桂月はもう片方の手で空音の首を絞めたのだ。
そこに一切の躊躇いがないから恐ろしい。
瞳孔を開いた眼差しは真っ直ぐに久遠を見つめており、殺意を滲ませていた。
「落ち着け桂月。」
「俺から離れるなら殺す。」
「だよね、そういうふうに教えたのは俺だもんね。」
「なんで冷静なんだよ…!」
「わかって言ったからね。でも首を絞めるならもう少し力入をれた方がいいよ。」
「うるせえな!」
ドンッと突き飛ばす桂月が暴力を行使する理由は自分を守る為。
そして、
「俺にまでその独占欲を向けるんじゃないよ桂月。」
「……っ、」
一度信頼した相手への独占欲すら殺意に変換する。
これは元々桂月に備わっていた性質だったのだ。
桂月は自分のものだと判断した対象物を誰かにどうにかされることを極端に嫌う。
逆を言えば自分のものだと判断した対象を大切にしようとするしそれ相応の執着も強い。
久遠とは正反対の性質。
暴力を自己防衛に使い、愛情を独占欲で示す。
それが桂月だった。
「俺はお前の恋人にはなれないし、なるつもりもない。家族とはいえずっと一緒に居るつもりもない。俺の基本理念は他人に深入りしないことだ。それを破ってやっただけでも特別なことだとわかっているだろう?」
「それは、わかるけど…。じゃあなに?一生会えなくなんの?」
「そんな極端な話しじゃないよ馬鹿。連絡取り合って会う程度ならいつでもできる。四六時中べったりすんなって言ってんだよ。」
「だって久遠しか友達居ないし。」
「それだよ、友達作れ。俺以外にも必要だと思ったから離れるって言ったの。」
首をさすりながら久遠は桂月の胸を軽く小突いていた。
「俺の世界は2人でいい。」
「それはまあ、うん。仕方ないとしか言えないし、許容してやる。お前が素を出せる相手は居たほうがいいだろう。」
少し考えるような素ぶりを見せて久遠が頷くと、桂月も納得したように頷いた。
「俺より久遠のほうが絶対ヤバいのに。」
「俺たちは似て非なるものだ。お前の性質は陰鬱だから見た目と雰囲気だけでもヤバい人なんだろう。」
「陰鬱で悪かったな。にこやかに殺意を持て余して暴力で発散してる奴よりマシだっての〜。」
「そんな奴を信頼してるくせに。」
「裏切ったら殺すから〜。」
「あっそう。こわいこわい。」
そんな軽口を言い合う中学生の頃。
周りからは不良呼ばわりされており、喧嘩も日常茶飯事だった。
「ただ友達を作るとしてもルールは決めておかないとだろ〜?余計なことに巻き込むと面倒だし。」
「それは言えてるね。俺たちは幼馴染ってことにして、従兄弟であることは誰にも言わないでおこう。」
「オーケー。他にはなんかある〜?」
「俺以外の他人がいる場合、桂月は素を出さないように。」
「そんなの当たり前じゃん。」
「俺に対しても他人と同じ接し方するんだよ?できる?」
「………。」
「うん、まずは練習からだね。友達はもう少し後に作ろう。」
「俺が久遠を警戒して牽制するなんてあり得ないじゃん。」
「そのあり得ないことを人前ではやるんだ。そうじゃないと仲良いことがバレるだろう。」
「幼馴染は仲良くてもいいだろ〜。」
「俺たちが仲良いことも従兄弟同士で血の繋がりがあることも絶対知られるわけにはいかない。自分の身辺を徹底しておかないとお前の家の人たちにバレたら最悪なことになる。」
「…………うん、巻き込んでごめん。」
「血が繋がってる時点で巻き込まれるのは仕方ないと思ってる。まあそれに俺も友達を与えられた側だ。桂月とうまく付き合うことで大人を騙せたから持ちつ持たれつってやつだ。」
「そういや久遠の母親どうしてんの?」
「排除した。」
「え、」
「自ら出ていくように仕向けたんだ。妹もそうする。」
「凄いあっさり言うじゃん。」
「これから邪魔になると思ったからね。桂月と友達になることを選んだんだから仕方ないだろう。まあそれに、妹は理解不能だったし母親は俺を腫れ物扱いだ。家族ごっこにも限界はある。」
「じゃあどこ住むの?俺の部屋くる〜?」
「そうだね、しばらく間借りしようと思ってる。」
暗がりの中、2人は淡々と会話しながら並んでいた。
「未成年というのは本当に面倒だよね。早く大人になりたい。自由が欲しい。」
「俺も〜。」
「桂月は家のしがらみから逃げたいだけじゃん。」
「立派な理由だろ〜。俺は早く大人になって一人で生きていけるようになりたい。大人なんて嫌いだ。」
「その為には金がいる。稼ぎ方を考えておかないと。それに大人になりたいのに大人が嫌いって言うのは矛盾している。」
「俺の嫌いな大人にはならないって意味。」
「あ、そう。じゃあ桂月は一生、精神年齢が子供だろうね。」
「なんで言い切れるんだよ。」
「大人らしく振る舞うことはできても大人に対する嫌悪感とトラウマがあるんだ。そんな大人になりたくないと思うってことは、大人になんてなりきれないよ。汚れたくないと言ってるのと同じだからね。」
「俺は自分を綺麗だとは思ってないけど〜?」
「ある意味、無垢ではあると思うよ。」
「そっかな〜?」
「そうだよ。」
「今日どうする?泊まる?」
「うん。ご飯どうしようか?」
「テキトーになんか買う。」
「そうだね。あと何人かに喧嘩売りたい奴いるんだけど?」
「なに?まだ発散し足りないの〜?」
「まあね。」
「じゃあ俺は女でも抱いてる〜。」
「後で連絡するよ。」
「りょーかい。」
パンと片手同士を合わせて真反対の方向に歩み出す二人。
この頃は持て余す殺意を発散していた久遠と、思春期らしく欲を持て余していた桂月だった。
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