Night lover番外編(幼馴染❶(小学生編))

「お前の従兄弟だ。」


滅多に見ることがない父親が紹介してきた同年代くらいの子供。それが久遠だった。


ダークブラウンの癖っ毛に、パッチリとしたアンバーの眼差しはにっこり笑うと甘く幼なげで可愛らしいだろう。


けれどその子供は笑みを浮かべることもなく、桂月に挨拶をするでもなく、第一声が、


「え、従兄弟?じゃあなに?おじさん不倫してんの?」


父親という肩書きだけある男に面と向かってそう聞いていたのだ。


あんまりにも不躾な質問だった為に、幼い桂月が唖然としていたのはいうまでもない。


「お前たちはただの友達だ。従兄弟であることを言いふらさないように。」


「それって自分の面子を守る為?それとも言いふらしたとしても子どもの言うことなんて誰も信じないと思ってる?いや、どっちもか。」


「よく喋るガキだ。なにも似てないな。」


「母親にはね。でも父親は?俺の父親知ってる?」


「知らん。興味もない。その役立たずと同じだ。私はお前たちになんの関心もない。だから余計なことはするな、関わるな、息を潜めて生きろ。」


威圧的な態度で睨みつける父親の存在に桂月は俯いて震えるだけだった。


一方、久遠はというと


「じゃあ勘当でもすればいいのに。ああ、それはそれで世間体が悪いのか。面倒なんだね大人の世界は。」


ふむ、と回答を導き出して相変わらずズケズケと空気も読まない態度だった。


…が、それに逆上するほどの関心すらなかった桂月の父親であり久遠の叔父にあたる存在は無言で出ていってしまったのだ。


バタン、と勢いよく締まった扉の音だけ聞くと不快ではあったんだろうと推測できた。


目をパチクリとする久遠は叔父への興味関心を全く持っておらず、振り返るなりガリガリの子供に問いかけたのだ。


「役立たずって名前じゃないよね?」


「………っ、」


「え、なに?本当に名前なの?」


「ち、ちがう……。」


暗い顔で、辿々しい言葉遣いの子供だった。


黒髪に艶はなく、与えられている服も数枚だけ。


広い屋敷だというのに西側の隅っこにある6畳ほどの部屋に閉じ篭もるようにいるのだ。


「俺は久遠。君は?」


「桂月…、」


ぎゅっと服の裾を握りしめながら知らない人間に怯えている様子だった。


無理もない。


見るだけでわかる。


冷遇されていることも。


頼れる大人も友達も居ないことも。


それに殴られたような痕が複数あった。


「いじめられてるの?」


「………………。」


「俺たちが従兄弟なら、あの叔父さんには別に正妻がいるから桂月は愛人の子ってことになるね。」


「…………………。」


「なんか喋ったらどうなの?俺とは喋りたくない?」


久遠の問いかけに桂月は俯いてから口を開いた。


「口答えしたら怒られる。」


「うん?」


「話しかけたら怒られる。反抗したら怒られる。言うこと聞かないと怒られる。部屋から出たら怒られる。他にも…っ、」


「ああ、うん、大体わかった。それで?」


「それで、って……?」


もう涙も枯れたのか、疲れ切った顔でクマも酷いガリガリの子供がキョトンとしていた。


けれど久遠は部屋にある勉強机に飛び乗って座っていた。


「俺と話しても怒られるの?わざわざ友達するために連れてこられたのにさ。」


「………どうせ、何をしても怒られる。だから、」


「じゃあ開き直ってなんでもすりゃあいいじゃん。」


「え…、」


「桂月のことが気に入らないから何かと難癖つけてくるんだろう?一生好かれることがないなら、嫌われることもっとしてやれば?」


「………えええっ。」


唖然としているガリガリのガキは、初めて怯えや諦め以外の表情を見せた。


だってそんなこと考えもしなかったから。


「そ、そんなの無理………っ。」


「無理じゃないって。どうせ家抜け出したってああいうタイプの大人は探したりしないし、そもそも子供ひとり居ないことに気づくかも怪しい。」


「そんなの当たり前じゃん。」


桂月は幼少期から否定され、殴られ、何かと理由をつけて怒られて育ってきたのだ。


だからこの家で桂月という存在はなんの価値もないし、本人もそう思っていた。


自己肯定感がこの時から皆無だった桂月は、自分がこの場所から消えたとしても誰も気にしないだろうという事実を当然だと思っていたのだ。


泣くとか落ち込むとかではないのだ。


キョトンとして即答した桂月に、久遠は面白いものでも見つけたように口元を緩ませていた。


「じゃあ何が無理なの?」


「開き直ってなんでもするって、何したらいいかわかんない。」


「うーん、手っ取り早く反抗できるようになるところを目標にしよう。」


「なんでだよ。痛いの嫌だ。」


ぶるりと震えて自分の腕を握りしめる桂月。


けれど久遠はそれに同情できる子供ではなかったし、共感なんてもってのほか。

にこやかに、


「何言ってんの逆だよ。痛いことをするのは桂月だ。暴力を覚えろ。喧嘩して勝てるようになればいい。」


暴力を肯定し、誰かを傷つける方法を提案するのだ。


桂月がマトモな扱いを受けていれば、こんな提案を聞いた瞬間イカれていると思っていたはずだ。


久遠を怖いと思って当然だし、泣いて親の居るところまで走って逃げるのもひとつの手だろう。


けれど、


「なんで暴力なの?」


「俺たちは男だ。いつかはあの叔父さんや正妻より力も強くなるし身体つきだって変わる。今はまだ無理でも、いずれ追い越す瞬間が必ずくる。」


「その時までに暴力を躊躇わず振るえるようになったら、今みたいにサンドバックにされない……ってこと?」


「そう。それに暴力は身を守る術でもある。とりわけ桂月は向いてるかもしれないね。」


「今まで誰かを殴ったことなんてないし、殴りたいとも思ったことないけど…?」


「うん、なさそう。人を殺してみたいとか思ったこともなさそう。」


「あるわけないじゃん。なにそれ怖い。」


若干引き気味の桂月に、けれど久遠は机の上で足をぶらぶらさせながら冷たく微笑んでいた。


「怖い人間になった方が怯えて暮らすことなんてなくなるのに?」


「…!……でも、向いてない。」


「向いてるって言ってるじゃん。」


「誰かを殺したいなんて思わないよ俺…!」


「でも自分を守る為なら?」


「え…、」


「復讐されるかもしれない可能性が少しでも残るなら、相手をどうすればいいと思う?」


「………復讐心が失せるほど、徹底的にやる。」


「その通り!ほらね、向いてるって言ったでしょ?」


「……………ちがう。臆病なだけだ。」


「臆病なことは悪いことじゃない。身を守る為に必要な感情だ。」


初対面でなんて会話をしているんだと思われても仕方ないというのに、この場には二人を保護する大人は存在しない。


誰もこの二人に気を留めるものはあらず、且つ正しい道へ導いてくれる存在だって当たり前のようにいない。


けれどこの環境でなければ久遠が桂月に構うことはなかっただろう。


「桂月にぴったりな生き方を教えてあげるよ。」


「なんで、俺によくしてくれるの…?」


人間として当たり前にあるものが欠落している久遠に対して、桂月は無垢な眼差しで手を差し伸べてくれる久遠を見るのだ。


ここに誰か大人でもいれば、良くしているわけじゃないと否定できたはずだ。


久遠が教えていることはあくまでもこの環境で生き抜く方法であって、良いか悪いかだけで見ると悪い。


率先して暴力を肯定した時点でアウトである。


「よくしているわけではないよ。後々、この生き方で傷つくのは桂月になるかもしれないし。」


「でも、今は必要なんでしょ。」


「そうだね。それに楽しそうだ。」


「たのしい…?」


「そう、反抗したらあの大人たちはどんな反応をするだろう?自由を手にした桂月は何をするんだろう?楽しみが増える。」


「………楽しみがなくなったら久遠は消えるの?」


「さあね。俺は誰かにこだわりを持ったことがないからわからない。でもしばらくは通うつもりでいるよ。そろそろ俺の衝動も我慢できる限界を迎えてるからね。」


「しょうどう……?」


なにそれ?と小首をかしげるこの頃の無垢な桂月には見えていなかった。


久遠が笑顔の奥に押し込めていた殺意も、未成年というこの時期を見越して不良の道へ行こうとしていたことも。


桂月はおまけみたいなものだった。


欲の発散をする為に、暴力を行なっても周りの目がスルーして関わろうとしない集団に属しておけばある程度誤魔化しが効くと考えていたから。


桂月を巻き込むつもりなんてなかったのだけれど、このガリガリのガキは思ったより素質がありそうだった。


だから一緒に連れて行くことにしたのだ。


「先ずは手っ取り早く栄養つけて、勉強も出来るようになろう。」


「暴力にそんなもの必要なの?」


「基本的に身体が健康でないと動けないし、シンプルに頭が悪い奴と俺は話したくない。」


「わかった、がんばる。」


「栄養に関してはアレだ。うちにおいでよ。俺の母親にもちゃんと友達やってる風を見せないとだから。ご飯くらい用意してくれるだろう。」


「………久遠の母は殴らない?」


「殴らないよ。俺に怯えてるくらいだから桂月を連れていけば少しは安心するだろう。」


「まるで他人みたいに言うんだね。」


「親だって他人じゃん。桂月は自分の親に思い入れなんかあるの?」


「ない。」


即答する幼い桂月は久遠の言い分を理解していたし、共感もしていた。


それは育った環境があまりにも悪すぎたが故に、久遠の恐ろしい価値観や感性に疑問を抱けなかったのだ。


「計画は中学から不良になって喧嘩慣れすること。力加減間を覚えないと俺はやり過ぎてしまいそうだし。」


「うん?」


「いや、なんでもない。高校生になるまでは面倒見てあげるよ桂月。」


「そっから先は?一緒に居たい。」


「そんなこと言うのも今だけかもよ?」


「なんで?俺が久遠を嫌いになるってこと?」


「___さあね。」


久遠はフッと笑っていた。


今後とも長い付き合いになるなんて思ってもなかっただろうこの瞬間から腐れ縁は始まったのである。




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