もしも黒猫様が悪女に転生したら23
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首脳会議、当日。
この王都に集まった要人たちが次々と訪れ、会議室を埋める光景は圧巻だろうか?
人種も文化もマナーも違う。
それでも同じ人間だと思うと不思議な光景とも思えた。
そして最後に中央の椅子に座るのは僕。
本来ならばこの中央の地を納める皇帝陛下が座るべき席に僕が座った。
勿論、正装はしている。(ジーナに無理矢理着替えさせられた。)
まあ男物の衣装ではあるがそれなりに見えるはずだ。
けれど上座に座ったのが陛下ではなく僕だったことに、要人たちは少しばかりざわつき、好奇や不満の眼差しを向けている。
こちらとしては誰がどんな目を向けてくれるのか楽しみだったのでしばらく観察しながら頬杖をついていた。
背後にはユラン、リリー、ロードがおり、ゼンとアレンは姿を消して会場内に潜ませている。
基本的に首脳会議では自国の先進的な技術だったり、魔法の発展や政治について話す。
勿論、今年の不作やらうまくいっていないことも含めて、協力者を募ったりする情報交換の場であり、
国力を示して争いを防ぐための話し合いの場だ。
逆を言えば、戦争を仕掛ければ乗っ取れる土地だと思わせてしまうと簡単に火蓋も切られてしまう緊張感漂う会議でもある。
漬け込む隙を与えてしまったら最後、利用されるだけされるか、滅ぼされて終わるか。
そんな末路を辿った国も多いと資料で読んでいた。
けれど今回は…
「さて、会議を始めようか?僕は今回皇帝陛下代理を承っているアーティス・べレロフォンだ。お前たちが知りたくて聞きたくてたまらないことは、キブリー・ロンベルトという最強の魔法使いがこの国の所属になったことだろう?」
自国の力を示す場ではなく、一方的に国力のバランスを崩したこの国のことについてだ。
僕が発言すると、なんだあの生意気な小僧はとか、お前たちだと?!とか、そもそも誰なんだあいつ!などなど。
そしてアーティスの名に反応する奴らも少なくなかった。悪女の噂は国外にまで及んでいるらしい。
不平不満が聞こえてきたが、そんなものは想定内である。
だから、
「リリー。静かにさせてくれ。」
僕が目の前でキブリー・ロンベルトに指示すると、リリーは指を鳴らして会議室にいる全員の声を奪ったのである。
口をパクパクさせて声が出ないことに驚きを隠せず、なによりも目の前で僕がリリーを従えている事実に息を呑む面々。
掴みは完璧だろう。
計算づくの流れを見つめながら僕は会議室の奴らを鼻で笑ってやった。
「高慢でちっぽけなプライドなど捨てろ。この場でお前らは弱者であり、搾取される側だ。発言は考えてするように。ああ…、勿論不平不満があるなら聞くが…。僕の気に入らないことや、気分を害することを言えばその時点で自分の国が滅ぶと思えよ?」
各国の主要人物たちは言わば権力の頂点にいる。
そうでない代表も来ている国はあるが、むしろそのほうが立ち振る舞いは冷静に考えるだろう。
話がしやすいように、誰が上で誰が下かを示すことは、この場の人間には有用だ。
普段は自分が一番偉いと思ってる奴らが集まっているからな。
けれどリリーがいる以上、この国に…。
いや、この僕に、逆らえばどうなるかは息を呑んだ音でわかる。
恐怖で沈黙させ、制圧を図ることはタイミングと状況によっては効果抜群なのだ。
「リリー、もういいぞ。声を返してやれ。」
僕が指示するとリリーがまたもや指を鳴らしていた。
前もってリリーには黙っているように伝えているので、無表情で僕の指示に従うだけの姿を見ている目の前の奴らが尻込むのか、それとも媚を売るのか、はたまた腹黒いことを考えているのかは表情でわかる。
むしろこうしたほうがわかりやすいだろうと思って、この流れを作ったのだ。
声が戻った面々は喉や口元を押さえて安堵しつつも、僕の顔色を伺ったり、敵意を向けたりと様々な視線が刺さってきた。
…が、
「説明は不要だろう。リリーがこの国の所属になった。それは事実だ。こうして僕の指示に従う姿を見たんだから疑う余地もないはず。」
僕は詳しい説明をして、国としてお前らと敵対する気はないなんてことを永遠と喋るつもりはない。
「国ひとつを簡単に滅ぼせる力を得たわけだが、平等性を欠いていると思われても仕方ない。リリーは意思も心も持っている生命体だ。僕のために協力は惜しまないし、力も知恵も貸すと言ってくれた。だからこそ…」
僕は静かに目の前の要人たちを見渡して、ゆるりと笑ってやった。
「お前たちにリリーを口説く権利を平等に与えようと思う。」
そのひと言に会議室がざわざわと音を立てて揺れたのだ。
勿論、これも計画のうちだ。
各国の要人にペコペコ頭を下げて、国力のバランスを崩してしまったが、敵対するつもりもないし、力を行使する気もないなんてことを信じてもらえるまで話すつもりもない。
そもそもリリーを抱え込んだ時点で信頼なんて当に失われている。
だからこそ、平等というありふれた言葉を使ったのだ。
「リリーが僕ではなく、他の誰かに心奪われて他国に行くことを決めるのならこちらとしても引き止める理由はない。リリーの感情を動かせるだけの何かを提示、あるいは心理に訴えるのか。それは各々に任せよう。」
単純に、
「この首脳会議の期間。リリーに話しかけることを許可する。勿論僕はそこに介入したりしないし、裏から手引きもしないと誓う。あくまでも、リリーの意思を尊重し、どこの国の誰の側で居たいかを、本人に決めさせようじゃないか。」
リリーの独占権は、リリーの意思に委ねることをルールにして、
各国の要人たちにチャンスを与えてやったのだ。
勿論リリーの意思が僕以外に移る可能性もあるが、その小さな隙を利用したにすぎない。
各々がリリーに話しを持ちかけて口説く時間を与えれば、躍起になるだろうし、手段も選ばないだろう。
金を積むなり、地位を約束するなりと、方法はいくらでもある。
それらを出し切ってもらってもリリーが僕を選ぶならば、諦めざるおえないと認めるだろう。
要するに、この国に滞在しながら無国籍で最強を誇る魔法使いの所属を今決めましょうと言っているだけだ。
そしてその決定権はリリー自身の基準によるものであり、国として独占しているのではなくあくまでもリリーの意思によるものだと示せば誰も何も言えない状況を作れるという算段だ。
期間は首脳会議が終わるまで。
つまり猶予は三日。
そして有意義な情報交換なんてきっと誰も考えていないだろうから、
「会議は以上にしよう。各々が手札を用意してリリーに接触するといい。勿論、この城からリリーが出ることはないと約束する。…が、武力行使をしたり脅したりして返り討ちに遭うとか、それで誰が死んだとかは自己責任にしてもらう。リリーの気分を害せばどうなるかはこれまでの歴史が知るものだ。こちらに責任は一切ない。…が、それでも国力をかざして脅すようであればこちらも容赦はしないと思ってくれ。」
これまでの説明諸々を含めて十分程度のことだった。
僕が席を立てば、各国の要人も急いで国と連絡を取れと言うものが動き出したり、自分の手札を確認したりと大慌てで会議室から散らばっていったのだ。
さて、ここからが本番である。
「リリー、三日間苦労をかける。」
「構わんさ。あれらの誘いには慣れている。魔塔で引きこもっているとしよう。」
早速わらわらと人間たちが集まらないよう、リリーは即座に魔塔へと転移していた。
その姿を見て僕は「ゼン。」と呼んでいたのだ。
自分の部屋に向かう廊下の中で、姿を消していたゼンが僕の背後に立ち、「はい先生。」と暗殺者顔負けの身のこなしで出てきてくれる。
「リリーについてやっててくれ。慣れているとは言え、これまでの比にならない勧誘や脅しを受けるはずだ。お前ができる限りサポートしろ。」
「喜んで。…というか、最初からそのつもりだった。でも…」
僕の身も案じてくれているのだろう。
ゼンのスッキリしない言葉には、
「僕にはユランとアレンがいる。どうしてもという時はちゃんと呼ぶから安心しろ。僕だって無理をする気はない。」
振り返って頭を撫でてやると、ミステリアスで物静かそうなイケメンがふっと笑って消えたのである。
そのまま、また歩みを進めだすと隣でずっとついてきていたロードが静かに笑いながら口を開いたのだ。
「あの短時間で主導権を握り、大衆を操るなんて流石だな。」
そんな声音にチラと横目を向ければ、同じくロードのすぐ背後に控えているリニアも感心したようにひとつ頷いていた。
…が、
「あれはゲーム開始の合図に過ぎない。本番はこれからだぞ。」
「どういうことだ?」
キョトンとするロードに説明しようとしたものの、
「少しよろしいかしら?アーティス・べレロフォン公爵令嬢様。」
スッと、僕が通るのを知っていたかのように廊下の脇から出てきた者の声で会話は停止したのだ。
立ち止まる僕の前では優雅に礼節を弁える挨拶までしてくる。
「わたくしは南の国から参りました。ルベリア・フォン・アトラスと申します。」
銀の髪は長く、ウェーブの強いふわっふわ。
眼差しはタレ目ではあるが、鋭くこちらを伺ってくる青々とした色味。
確かアトラスという姓は南の大国の王族が持つものだったはず。
そして南の国は女王制度だ。
つまりこいつは南の大国の皇族であり、次期女王か、既に女王の座についている人物となる。
「要件は?」
「ただお話しできればと思っただけですわ。」
お茶でもご一緒しませんか?なんてにこやかに可憐な姿を撒き散らしてくる目の前のルベリアには、鼻で笑ってしまう。
「そんな茶番に付き合う気はない。リリーを口説くより、僕を手込めにしたほうが手っ取り早いと考えた。そうだろう?」
僕がハッキリと言えばロードとリニアがなるほどと納得したように今の状況を見ていた。
だから本番はこれからだと言ったのだ。
リリーに群がる奴らは馬鹿の極み。
あの場でリリーが僕の言うことを聞いていたのを見て、それでも懐柔できると勘違いした奴らなんて雑魚だ。
三日の猶予であの手この手を無駄に考えながらリリーにバッサリ振られまくって諦めてくれるなら可愛い雑魚だと思える。
…が、あの場でリリーではなく僕に目をつけてくる奴が一番危険。
僕がいればリリーもついてくる。
そう考えられる奴は雑魚ではなくずる賢い奴と言えるからな。
そして今しがた目の前で微笑んでいるルベリアは少数に入る賢い奴に当たる。
というかあの会議での短時間で動揺することなくすぐさま僕に接触してきたあたり、かなりのやり手だろう。
「ええ、そうですわ。あなたを口説くことについて禁止なんてルールもありませんでしたよね?」
そうでしょう?と問われることには勿論頷いていた。
それは僕がわざと仕掛けた抜け道のようなものだからだ。
「それで?僕にどんな口説き文句を持ってきたんだ?」
「それはこれからお話をしてみて最良のものを考えようかと。」
なるほどな。
金や宝石を無意味に積み上げても無駄な人間はいる。
相手を知ることから始めるには時間もある。
だってリリーを口説くのは三日という期限をつけたが、僕への接触に関しての期限は設けていないからな。
「流石だな。馬鹿ばかりかと思っていたが、こうも早く接触されるとも思ってなかった。」
「褒め言葉と受け取っておきますわ。」
「いいだろう。ユラン、お茶の用意をジーナに頼んできてくれるか?」
「よろしいのですか?」
僕が振り返ればユランが不安そうな顔をしていたが、構わんと肩を叩いていた。
「下手な真似なんてできないさ。僕に危害を加えれば口説くどころでもないし、不愉快を買えばそれも同じなんだから。」
「かしこまりました。どちらにご用意すれば?」
「天気もいいし、中庭にしよう。」
指示するとユランがスッと消えてしまい、その会話を聞いていた面々に改めて何か言うこともなく、僕が歩きだすとルベリアもついてきた。
「それにしても御令嬢だというのに男物の服装を身につけていらっしゃるとは…。少し驚きましたわ。」
「女らしさとは縁がなくてな。それより、従者も連れずに会いにきたのか?」
「いいえ。遠くで控えさせております。お話しをするのに敵意を向けるような従者を連れてこれませんし。」
「敵意…ねえ。構わないぞ。近くに置いておくといい。」
僕が許可をすると、ルベリアはそうですか?なんて花のように笑ってから従者の名を呼んでいた。
「ブレッド。」
呼ばれた従者の見のこなしは軽やかかつ、気配も最小限。
静かにルベリアの脇に控えた男は白髪に赤眼という見目麗しい者だった。
「似合わない名前だな。」
「本名を呼ぶと嫌うのよこの子。」
「じゃあブレッドというのは仮名か。」
「ええ、本当はラビットというのよ。可愛いでしょう?ウサギさんって呼ぶと怒るのよ。」
ねえ?と振り返るルベリアに眉間の皺をありありと刻むラビット。
たしかにこの見た目だとラビットのほうがしっくりくる。
…が、ウサギと名付けられるのもたしかに気に入らないだろうな。
親のセンスを疑ってしまう。
「お嬢様、それは…」
「いいじゃない名前くらい。」
ラビットは精悍な顔つきで、愛くるしい見た目とはかけ離れてもいた。
完全に色合いだけで名付けられたのだろうと判断してしまう名前である。
本人が不愉快そうに口をつぐみ、僕をジロリと睨みつけてくることには肩をすくめるしかない。
リリーとはまた違う偏屈野郎に思えた。
線が細いだけで躯体もいいし、先ほどのみのこなしを見る限り侮れない奴だろうことは推測できる。
それに…、
「ブレッドったら。皇帝陛下代理のお方にそんな目はダメだと言ってるでしょう?」
「……」
プンプンしながら注意するルベリアと、それを黙って聞くラビット。
なるほど。
この二人、主従関係だけではなさそうだ。
仕草や視線、声の抑揚を聞きながら静かに観察しつつ中庭に辿り着いたら既にお茶の準備が整っていた。
流石ジーナである。
こういうことは早い。
そうして改めて向き合いながら座った僕らは最初のひと口をすすって沈黙を落とした。
「このお茶、美味しいですわね。どこのものかしら?」
先に口を開いたのはルベリアであり、他愛のない会話をするつもりだと示されたので僕は何も突っ込まずにジーナに聞いてくれと言っていた。
それからも異国のお菓子についてや、趣味はなんだとかなどなど。
くだらないがやり手ではあるなと感じる話しの仕方に僕も静かに会話を続けたのだ。
「ねえ、アーティス様は転生って信じます?」
そんな他愛のない話しを重ねていた中、ルベリアがそんなことを問いかけてきた。
継承は不要だと互いに名前を呼ぶようになった会話の中で、そろそろお茶会もお開きにしようかと考えていたときのことだ。
「転生?」
なんでまたそんなことを?と視線のみで問い掛ければ、
「いえね、私の国では度々そんな事例が残っているようでして。けれど興味半分で聞いても誰もが半信半疑なのですよ。この国にはそういう事例はありませんか?」
好奇心で調べているのですが、あまり手がかりもなくて…とルベリアは言う。
そんな彼女の視線は何故か僕の背後でただ見ているだけのロードに一瞬向いて、また僕に視線を戻したのだ。
「さあ、聞いたことないな。」
僕自身、転生しているから少し興味を持ったが。
他国では事例として残っていたりするものなのか。
だからといってそれを調べてなんになるわけでもない。
結局のところ、自分と同じように前世の記憶を持って生まれ変わった人間がいるということを知るだけ。
「そうですか。けれど輪廻転生が本当にあると思うとワクワクしませんか?」
ルベリアの懐っこい笑みを見るとどうしてこんなにも不快になるのか。
簡単だ。
こいつが本性を隠して社交的な顔しか向けていないから。
こういう奴を僕はとても身近にしていたからな。
前世での双子の姉、椿がまさしくこんな奴だった。
表に立って民衆の信頼を得る。
そしてにこやかに気に入らないものを踏み躙ることはあいつの十八番だった。
僕とは違う人身掌握の仕方をする奴だったからこそ、僕らは限りなく敵であり、味方にもなれたのだ。
今となってはそんなものも遠い思い出というか、過去の記憶でしかないが…。
二度目の人生で遠に似たタイプのロードが現れたのだ。
椿と似ているタイプが現れてもおかしくはない。
「ちっともわからんな。ワクワクなんてどうしてできるんだ?」
「どんな人生を歩んでいたか、どんな世界で生きていたのか、聞けるかもしれませんのよ?」
「くだらない。」
「そうでしょうか?前世で文明が発展していた時代の人であれば、自国の経済に発展させられるかもしれませんわ。」
まあ確かに、ルベリアの言いたいこともわかる。
日本という国で生きていた僕からしてもここの生活水準や嗜好品の少なさなんかは目に余ったものだ。
前世の知識を生かして公爵にチェスやお菓子の開発を頼んだが、それすら馬鹿売れした。
ならば洗濯機や風呂、水洗トイレや自動車なんかの開発をしてしまえばどうなる?
国のバランスはリリーじゃなくても崩せるということだ。
悪戯にそんなことをしてしまったら命を狙われる危険性が増すだけ。
そりゃあ自国に関しては素晴らしいことかもしれないが、他国にとっては面白くないことだ。
今回のリリーがいい例である。
「安易なことを口にするもんじゃない。」
「え…?」
「後先考えず、自国の発展に協力させたとしてその次は?考えているのか?」
僕の言わんとすることをルベリアはそれだけで悟ったらしい。
ハッとしたような顔で固まっていたからな。
頭は悪くないようだし目の付け所もいい。
…が、民衆の信頼を得られるだけの器を持っていたとしても、
それは国とのいざこざや政治を動かす手段にはならない。
椿と本当にそっくりだ。
裏で僕が手引きしてやらないとその能力は完全に手持ち無沙汰にしかならなかった。
ただ日本では女王制度とかそんなものはなく、単純に椿を慕って集まる人間が多かったというだけ。
それで何か失敗したところで戦争に発展するような事にはならない。
けれどこの国では違う。
こいつの能力はあくまでも女王として最高の器と人望を得られるだけの賢さであり、鋭い目の付け所も持ってはいるが、
そのために裏でやらなければならないことをやれる人材がいないのでは女王になんてならない方がいい。
そういう悪意の使い方ができない奴だから尚更だ。
「で、ではアーティス様ならその次をどうしますか?」
しかもこうして僕頼りにしてくるところまでそっくりとはな。
まあ、アドバイスはできてもまたその次があるのだ。
こいつ自らの力では何もできないだろう。
「僕ならそんなことしない。」
「え、」
「するとしても最低限必要なもの。或いは自国の経済状況によっては開発しても差し支えないものだけを公にするだろう。」
「………」
「下手に勘繰られたり、目をつけられることを考えれば目立ったことはしないほうがいい。技術が目の前にあるのに使わないなんてと思うかもしれないが…」
静かに見つめた先ではルベリアがコクコクと頷いていた。
まあ、そりゃそうだよな。
国の発展もあるが、彼女は単純にそれらを見てみたいと思っているだけなのだから。
でもそれだけの感情で国を滅ぼされたら民はたまったもんじゃないだろう。
「自分のためにしたいのか、それとも国のためなのか。ハッキリさせたらどうなんだ?聞いているとお前は自分の好奇心が抑えられないだけのように見える。」
「それは…」
無礼な!とラビットがボソッと呟き、魔力を纏っていたがそれにはルベリアがやめなさいと牽制していた。
「本当に国のためを思うならそんなことに手は出さないはずだ。勿論、好奇心で探すまではいいだろう。その後のことは己の采配で決まる。僕から言えるのはそこまでだ。」
可能性を考慮して、先見をしていかなければならない技術の発展を覆すなんてもってのほか。
他国とのいさかいを自ら起こすなんて言語道断。
何事もバランスが大切なのだ。
「女王になるならお前には良き宰相か参謀
が必要だろう。それもかなり優秀な奴がな。好き勝手したいなら身の回りを固めることから始めたらどうだ?」
離席しながら言えば憎々しそうに僕を睨んでくるラビットがいた。
主君を馬鹿にされているとでも思っているのだろうか?
それにしてはなにやら私怨が混ざっているような気もするが…。
僕が入る前のアーティスと何かあったとか?
まあ調べてみればわかるだろう。
なんて思いつつ部屋に戻ろうと歩き出した僕はルベリアの横を通り過ぎた時、
「ほんと、環ちゃんそっくりね。」
ポツリと呟かれたひと言に思わず振り返っていた。
ロードの時とは違う。
はっきり聞こえた。
聞き間違いだなんてそんなことを言うつもりもない。
僕が急に振り返ったからなのか、ユランやロードたちがキョトンとしていたものの…、
ルベリアだけはクスクスと笑って立ち上がり、僕にこっそりと耳打ちしてきたのである。
「あらら、本当に?本当なの?反応したわよね?あなた、環ちゃん?」
確かめるように見つめられる視線と、先程までの花を思わせるふんわりとした笑いかたが一変。
この女の本性はこっちだとわかると共に、久しぶりの嫌悪感と敵意をヒシヒシと湧き上がる感覚に思わず、
「椿か。」
ジロリと睨むとルベリアはゆるりとほくそ笑んで僕の頬へと手を這わせたのだ。
触れられることを極端に嫌う僕のことを知っているユランが即座に割って入ろうとしてきたが僕が視線を向けて止めていた。
椿だと分かった瞬間、そんな嫌悪感など塗りつぶされてしまっているからだ。
意味がない。
こいつに触れられようがそうでなかろうが、椿であるならそれ以上もそれ以下もない。
「また会えて嬉しいわ、環ちゃん。二人きりにならないとね。ここは人が多すぎるもの。積もる話しもあるでしょう?」
「…………」
気に食わないが完全に主導権を握られてしまった。
最初から僕だと知っていたのか?
それともカマかけをしたのか。
だからといって転生しているのが自分だけとは限らないとわかっていてそんなことを軽々と口にするか?
さまざまな疑問が浮かんでは沈み、口にするのはどうしても周りの目があってできず、
「わかった。夜中にまたここに来い。」
「ええ、そうするわ。」
短い言葉で約束を交わして僕は何もなかったように歩みを進めたのである。
なんということだ。
本当に椿なのか?
そうは思っても自分の感覚が限りなく敵だと見定めてしまっている。
転生については確かに自分だけではない可能性も考えられるが僕は探そうとしたりもしなかった側だ。
別に前世の知り合いでまた会いたい人なんていないからな。
それがこんなタイミングで現れるとは大きな誤算である。
各国の要人たちが椿のように僕に近づいてくる可能性も考慮すると、この件は穏便に済ませたいところだ。
…が、あの悪女に目をつけられ、なんなら正体まで知られ、前世から因縁深く喧嘩なんて生やさしいことなんてしてこなかった相手と穏便な解決なんてできる気がしない。
「クソが。」
部屋に戻るなり黙り込んで悪態をつく僕に、ユランもアレンも、そしてロードも何が言いたそうにしていたが、
今はひとりにしてくれと頼んだ追い返した。
ひとりチェスで頭を整理しながら、椿との交渉についてさまざまな推測を立てるのに忙しかったのだ。
あの女だけは絶対に野放しにはできない。
僕に関わってくるなら尚更だ。
目の前のチェス盤に置かれた駒を全部床に落としながら頭を抱えた。
本当にクソッたれめ。
よりによってアーティスなんかよりも悪女らしい悪女が現れるとは。
僕が前世の知人の中で二度と会いたくないやつナンバーワンだぞ!
イライラしながらもなんとか冷静さを手繰り寄せて、時間が経つのを待つしかなかった。
まだ幸いなのはあいつのやり方を熟知していること。
最悪なのはあの女も僕のやり方を熟知していること。
前世のように椿の言いなりにだけはなりたくない。
あいつの影に隠れていたのは仕方なかったこととは言え、二度とごめんだ。
そんなことを考えながら過ごしていれば約束の時間はもう目前に迫っていたのだった。
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