もしも黒猫様が悪女に転生したら24

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「夜のお茶会なんて出来れば素敵だと思わない?こんな時間にひっそりと逢瀬を重ねているんだもの。」

昼間の中庭は雰囲気を変えて夜の色に染まっており、昼間座ったガーデンテーブルと椅子に座って目の前にティーセットがないことを残念がるルベリア(中身は椿)

うふふっと表向きの顔で笑いかけてくるそいつに対して僕は腕を組んだまま無駄話に付き合うつもりはないことを無言で示していた。

「素っ気ないわね〜。なあに?別世界に来てもその性格は変わらないわけ?そもそもあたしが貸してあげた小説の悪役に転生してるって面白すぎるにも程があるわ。」

悪女なんて一番似合わないのにね?なんて問いかけを聞くとやっぱり椿だなと確信が持てる。

「環ちゃんは悪女じゃなくて筋金入りの悪党だもの。」

そんな生やさしいレッテルで生きてきたの?楽しかった?なんてトントン拍子に話しかけられるとうんざりすらした。

「お前も前世と変わらないようでなによりだ。しかも本物の時期女王だって?国を滅ばせないことを祈っておく。」
「あらあら、やっと嫌味を聞けたわね。ふふふっ、そうこなくっちゃ。それにしても小説を知っているからか、アーティスがそんな格好で皇帝陛下代理なんてまるでこっちのほうが御伽噺ね。」
「悪意の使い道を正しただけだ。むしろこっちの方が物語として現実的だと言って欲しいな。」
「まあそうよね。ふふふっ。環ちゃんなら確かにそうするわよね。男の取り合いなんて興味ないし、取り合われるなんてもっての外だものね。」

そうねそうね、と楽しそうに笑う椿。

前世の双子の姉とは言え、やはり性格が合わない。

元より前世でも見た目すら似てなかった双子だったしな。

「それより本題に入ろう。なんで転生の話しを出してきたんだ。僕がそうだと気づいていたのか?それともカマかけがたまたま成功したか?」
「今日の会議の時、アーティス・べレロフォンと名乗ったでしょう?小説の内容を知っているあたしには、ありえないことだとすぐにわかるわ。アーティスはそんなことしないってね。」
「……そうだな。」

寧ろそれを僕が知る由だってなかった。

椿が転生しているなんて可能性はあまりにも低すぎることだ。

こうして気づかれて先手を打たれてしまったのは、この僕でも防ぎようがなかった。

「じゃあ目の前にいるアーティスは誰なのかしら?って考えるでしょう?小説通りのアーティスなら今頃王宮に上がるための準備中だもの。じゃあ可能性はひとつよね?」

あたしと同じ転生者だ、と椿は思ったのだろう。

その嫌味ったらしい笑顔が物語っている。

「だから僕を待ち伏せしていたのか。」
「ええ、そうよ。元々最強の魔法使いなんて興味なかったもの。国力を脅かす存在とは言え、気に入らないからってそう何度も大魔法を使えるかしら?取引は国同士で行うもの。そこに魔法使い如きが割って入れる権力などあるはずもないのだから。」

そうでしょう?と表舞台と共に人間関係や権力の正しい使い方は椿の方が上手である。

本来ならばそこまで考えられてこそ国の上に立てるのだが、

そんな奴らが揃うなら戦争なんて起こらないだろうし、今も魔塔に群がってリリーを勧誘しようとしている人間の説明もつかない。

椿はあくまでも法に則った上で正当性のある悪女ができる技量がある。

「それに魔法使いを勧誘するなら、魔法使いが信頼を置いて命令に忠実である主君を抱え込む方が手っ取り早いわ。まさか環ちゃんだとは思わなかったけれど。」

あくまでもわかっていたのは同じ転生者だろうということ。

中身が誰なのかを知りたかった為に転生の話しをチラつかせたということだろう。

そして話せば話すほど憎たらしい存在を思い出して呟いてしまったことが、この夜の密会に繋がった。

あそこで反応さえしていなければまだやり方はいくらでもあったとは僕も思う。

…が、もう今更だ。

「それで?椿はサブキャラに生まれ変わって好き放題してるようだな?」
「うふふ、わかる?いいわよねえ、女王制度。旦那すら傅く国よ?大満足しているわ。」

にこにこと見目があまりにも愛くるしい姿のくせにゾッとするのは僕が椿を知っているからだ。

知らない奴らは知らないうちにこいつの言いなりになっていくのだと思うと、こんな奴の納める国になんか行きたくないなと心底思う。

「でもやっぱりあたしには環ちゃんのようなお利口さんが必要なのよ。わかるでしょう?転生の内容について好奇心旺盛に話したことは演技だとしても、あなたの言う通り。あたしは見定めることは得意だけれど、その目的に進むための細かいことはてんでお手上げだもの。」
「…………」

椿は生粋の女王様だ。
人の上に立つ資格を持って生まれたような奴。

より良い人材を探したり、適切な場所に配置したり、政治や経済においても目の付け所はすこぶるいい。

…が、それまで。
女王様は方針を決めるまではするが、それ以降のことは部下任せってやつだ。

自分で何もかもをこなすやつではない。

そのせいで前世でもこき使われていたし、ひどい目にも遭ってきた。

だからこそ、

「悪いがもう二度とお前のものにはならないし、お前に協力するつもりもない。」
「ええ、そう言われると思ってたわ。だから…」

椿は怖気ずくでも、なにがなんでも勧誘したいと話してくるわけでもなく、

「皇帝陛下代理。今のあなたの立場はそれだけでよくわかったわ。」
「………本当に目の付け所がいいな。」
「これだけで理解出来る環ちゃんも素敵よ。」

つまり、裏で皇帝の権力を持つ今の僕を理解して誘っているのだ椿は。

自分と同じ権力を使わせてやるから、椿の裏で好き勝手しろと言っているのだ。

正直、僕もこの国で居座り続ける理由はない。

しかも椿のことは良くも悪くも熟知しているし、椿も同じ。

長い付き合いというより最早因縁で結ばれてるような僕らだ。

けれど前世のように憎み合う問題などここにはない。

つまり、持ちつ持たれつになれる。

椿は表舞台でドーンと座っているだけでいい。
きっとこの国の陛下よりも堂々と民衆のための女王をやってのけることだろう。

そして裏では僕がこの国でしているように、椿では解決できない問題や、目的のための手段として動けばいい。

「いい提案だと思うんだけど?」
「そうだな。あまりにも良すぎて僕も揺らいでいるところだ。」
「そうでしょう?あたしたち、協力すれば最強だと思うのよ。前世では手を取るのに時間がかかってしまったけれど、今回は違うわ。あたしは環ちゃんのことなら一番分かってるつもりだし、その逆も然りだもの。」

今回は悪意なんてないわよ、と付け足してくる椿は「まあ環ちゃんだと知る前はあったけどね。」なんてけろりとして言ってくる。

「おい、…おい。僕だとわかる前なら何しようとしてたんだ?」
「そりゃあ最強の魔法使いを従えてるんだもの。味方にできれば…、いいえ、服従でもさせれば好き放題できると思ってたわ。」

中身が僕でなければ言いくるめてしまうことも、脅すことも、手段は相手を知ってからで良かったと言い切るのだ。

さすが女王様である。
とても椿らしい発想だ。

確かに僕でなければこの女にいいように使われていた可能性は大いにある。

たとえ、本物のアーティスだとしても。

「環ちゃんは嘘がわかるでしょう?あたしが何を隠してるかどうかも全部ね。それを踏まえて、あたしは嘘を言ってると思う?」
「いいや。嘘はない。…が、まだなにか隠してるのはわかる。」
「さすがね。でも環ちゃんに害があることじゃないわ。これはあたしの問題だから。」

その言葉に嘘は感じられなかった。
というか、椿の場合は嘘だとしても堂々と嘘だと僕に言い張って何か問題でも?とにこやかに笑ってくるやつだ。

なので別に疑っているわけでも、その言葉を信頼していないわけでもない。

「こんなにいい提案は他にないと思うのだけど?」

どうかしら?と再度問われることに僕もその通りだなと思っていた。

でも、

「少し考えさせてくれないか?」
「うん?」
「椿と一緒にいる選択をするにしろ、リリーの問題はあと三日間の期限付き。それに僕も次期皇帝が着任するまで軟禁された身だ。すぐ動けないんだよ。」
「そんなのはあたしがどうにかしてあげるわよ。」
「どうにかって…、」
「あたしを誰だと思ってるの?南の大国の次期女王が…、いいえ、この椿様があなたを欲しいと言ってるのよ?」

にっこりと笑いかけられるその微笑みにいい思い出はない。

前世の僕なら顔を引き攣らせて警戒していた笑顔だが、今は僕のために笑ってくれている。

そのことに少しおかしくなって笑ってしまった。

「わかってるでしょう?あたしたちのわがままは…、」
「押し通して当然。否定されるなんてありえない。」
「ええ、そういうことよ。表向きの体裁やら手続きやらはあたしがなんとかできるわ。もちろん、駄々をこねるようならそれなりの方法もちゃんとあるわ。」

ふふっと花の妖精のように笑う椿は一段と逞しく見える。

まあ本来はこういう奴だからな。
敵対なんてしていなければ頼もしいのだ。

「まあでも魔法使いのことはあたしでも関与できないから、取り敢えずこの会議期間が過ぎて落ち着くのは待った方がいいわね。」
「ああ。目の前の問題が片付いて、話が進められそうなら僕も断る理由がないしな。」

アレンとは隷属契約までしているので、国外に連れ出す方法も椿に相談しないとならない。

まあこういうことをなんとかするのは椿の方が得意だろうから、今後のことは追々話し合えるはずだ。

ただユランがゴネそうなんだよなあ。
あいつは自由騎士だから2年はこの城で公務を全うしなければならない。

これも椿案件だな。

あとはゼンだが、理事長にさせたのに僕についてくるなんて言い張るようだったらここもなんとかしなくてはならない。

「面倒な手続きが他にもあるんだが…」
「そうでしょうね。あなたの連れはほとんどメインキャラクターだったもの。そこら辺も任せなさいな。段取りはしておくわ。」
「ほんとさすがだな。」
「あら?あなたの思考がわからない姉だとでも?あなたを理解してこそあなたの本領発揮の場を手放しで渡せるのは世界中探したってあたし以外適任者なんていないでしょう?」

手を握ってきてにこりと笑う椿。

前世ではこんな風に手を取り合うなんてあり得なかったが、そんなイザコザがないとこうもスムーズに話が進むのかと少し感心してしまう。

それに椿の言ってることもあながち外れていない。

僕のやりたいことや、やりたくないことなどは椿との方が意思疎通が取りやすいのも事実だ。

こうして口にしなくても互いに大体のことはわかるから、とても動きやすい。

「もう夜も遅いし、そろそろ解散しましょうか?明日また部屋にでも伺うわ。」
「わかったよ。ただ環ちゃん呼びはやめろ。」
「あ、そうだったわね。ティアちゃんにしておくわ。」
「なんで僕にちゃん付けしないと気が済まないんだ?」
「あたしのことはルーとでも呼んで。」
「人の話聞けよ。」

僕がジト目で見ると椿、もといルーは僕の頬に口付けるなり、

「転生したってあんたはあたしの可愛くて恐ろしい妹でしょ?」
「そんなのお互い様だろ。」
「そうね。だから前世でできなかった仲良し姉妹ってやつをしてみたいのよ。もうあなたを憎む理由なんてこの世にはないもの。前世では和解できてはいても、それまでだったじゃない?」
「………今更そんなことをしてどうする?前世だろうが憎み合ってたことは変わらない。」
「そうね。でも死んで区切りはついたわ。もうあたしは椿じゃないし環ちゃんだって環ちゃんじゃない。」
「でも僕は僕で椿は椿だ。」
「そうよ。だから前世ではできなかった姉妹らしいこともできるのよ。」

そうでしょ?と言われると反論ができなかった。

その通り過ぎたから。

椿はなんだかんだ前世でも僕を心底恨む前までは手取り足取り可愛がってはくれていたのだ。

それが変貌したのは両親のせいだったにしろ、椿の言い分には一理ある。

「今更仲良くなんて、どうすればいいかわからないんだけど。」
「ティアちゃんはティアちゃんのままでいいのよ。」
「でも、」
「そうやって深く考えるところ、よくないわ。わからなくても目の前に変わらない現実があるのよ?事実の受け止め方がわからなくなるとすぐ迷走するんだから。」

そういうとこ、あんたの弱いところよね?と言われるとぐうの音も出ない。

流石に長年、憎み合いながらも双子だっただけはある。

僕が反論できない相手って椿くらいだったからな…。

「わかったよ。椿の言う通りにする。……って、これ僕が操られてないか?」
「疑いすぎだわ!失礼しちゃう。あたしがあんたを操るなら、そんなこと考えさせる余地も与えない隙を狙うわよ。」
「なるほど…。」

妙に納得がいく。
というか確かに前世では、丸め込まれたとすぐ気づくようなやり方など椿はしてこなかった。

「それで納得されるのも不愉快だけど。まあ仕方ないわね。前世が前世だもの。」
「そうだな。」

僕らは互いに顔を見合わせてフッと笑っていた。

「じゃあね。明日遊びに行くからね!美味しいお菓子とお茶の用意をしとくのよ!それとあたしと会うなら身だしなみもきちんとすること!なんなのそのヨレヨレのシャツ!」
「わかった。わかったから…。」

いきなり姉を気取るなと言いたくなるが、憎み合ってた時でもこれは言われてたなと思い出した。

それに椿の小さなわがままを聞くのはいつも僕だったことも。

その程度ならと聞いていたのに、それがエスカレートしたことも。

それらがやり直せる第二の人生は少々不安もありつつ、

「おやすみ、ルー。」
「ええ、おやすみティアちゃん。」

僕らは今世の名を呼び合って解散したのだった。


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