もしも黒猫様が悪女に転生したら21

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「さて、本格的に始めるとするか。」
「ドラゴンが孵化すれば陛下の心労がまた増えますよ?」
「いいじゃないか。嫌がらせにはちょうどいい。それに僕との交渉役はロードなんだ。そいつは今目の前でニコニコしながらどうぞ好きにしろと言っている。」
「……………」

魔塔の庭でドラゴンを孵化させるための研究がだいぶ進んだことにより、今日はついに孵化の実行を試みている。

そしてユランの懸念する言葉にふんと鼻を鳴らして返せば、ユランの眼差しが目の前のロードに向いていた。

「あと、一応聞きますが…」
「好きにしろ。俺もドラゴン見てみたいし。」
「………陛下はなんと?」
「何も言ってない。事後報告するに決まってるだろう?」
「…………」

それでいいのか皇子?と言いたげな顔で固まるユランである。

そんなことなどそっちのけでロードは僕から一定の距離を保ち、ワクワクと待ち侘びているのだ。

ほんと、それでいいのか皇子?と聞きたくなる姿である。

…が、僕はちゃんと許可をもらったのだ。
陛下の怒声はロードが聞けばいい。

となればやるしかない。
やっちゃってやろう。

「リリー、準備はできたか?」
「ばっちりだ。」
「よし。じゃあ始めよう。」

ドラゴンの孵化についての研究が大きく進展したのは魔法陣さんのおかげだ。

古代兵器のことなんてすっかり忘れてたんだが、色々試してみても成果がないことに魔法陣さんが勝手に頭の中で教えてくれた。

『告。ドラゴンの生態系はあまり知られておりませんが、孵化に必要なものは魔力とツガイです。』
「ツガイ?」
『はい。ドラゴンもまた動物と同じようにツガイがおり、卵は両親の魔力を吸って育ちます。』
「つまり、オスとメスの魔力が必要だってことか?」
『否。ツガイでなければ育ちません。』
「ツガイでなければって…。愛し合っていないとダメってことか?」
『是。その通りです。』
「なんでそんなことを魔法陣さんが知ってるんだ?」
『告。キブリー・ロンバルトの資料及び、王の知恵と長く見てきた人間の歴史を解析しました。』

なんて会話から解決方法がわかったのである。

魔法陣さんは僕やリリーよりもずっと意志を持って世界を見て来た知識の宝庫だったってわけだ。

「でも愛し合ってることなんてどうやってわかるんだよ?」
『告。ドラゴンは魔力量が高い生命体です。魔力の可視化はもちろん、魔力の質で相手を判断していると解析、検討しました。故に、ドラゴンは生まれる前から視界ではなく魔力を通して感情を感じていると思われます。』
「どんな根拠があってそんなことを…。」
『告。解析、検討による推測です。』
「あ、そう。」

つまり根拠らしいものも証拠もないってことだ。

仕方ない。
魔法陣さんは意思があって見つめて来た世界の知識はあっても、それを提示できる身体はないのだ。

だから取り敢えず実験してみようとしてるってわけ。

ただ愛し合ってる定義がよくわからん。

ツガイってことは夫婦でないとダメなのか、恋愛的な意味なのか、それとも友情とかでもいいのか…。

動物の世界と人間の世界では愛情表現に差がありすぎる。

だから今回はリリーと僕の魔力を注いでみることにしたのだ。

…が、

「孵化しないな。」
「時間がかかるのかもしれんぞ?」
「うーん…。」

理屈とは程遠い、愛情のこもった魔力でないと孵化しないなんてお手上げにも程がある。

取り敢えずユランやアレン、ゼンも呼んで試してみたけど効果なしだ。

「チッ。これじゃあ嫌がらせが出来ないじゃないか。」
「孵化させたい理由がおかしいですアーティス様。」

ユランは取り敢えず生まれなかったことに胸を撫で下ろしながら注意してくる。

「ていうかさ〜、首脳会議までもう一週間切ったし準備したほうがいいんじゃないの?」

そしてアレンがごもっともなことを言うのでドラゴンのことは一旦置いておくことになったのだ。

アレンとゼンにはロードのことも調べてもらいつつ、首脳会議の参加者についても調べてもらっていた。

部屋に戻りながら報告を受けつつ、手渡される資料に目を通していれば…、

「てかこの皇子いつまでいんの?」
「殺るか?先生?」

諜報部員であるアレンとゼンがロードの存在を鬱陶しく思っている様子で、敵意しかないのである。

ユランとリリーはそれなりに事の経緯を見ていたからか、ロードが目に余る行動をしない限りは何も言わないのだが。

アレンとゼンはそこらへんを知らないから、テリトリーを守るように敵意しか向けないのだ。

「うむ。こいつらが不満みたいだからお前帰れよ。」
「いや、どう思われようがどうでもいいし。」
「こっちの気が散るんだよ。それともなにか?こいつらに襲われたいのか?」
「リニアを盾にするから大丈夫だ。」
「すみませんが、俺もこの二人を同時に相手はできかねます。」
「リニア、空気読めよ。」
「無理なものは無理です。」

従者の裏切りにロードはムッとしていたが、けれど僕に向き直りながら、

「無理らしいから殺さないでくれ。」

両手を軽くあげてにこやかにそれで終わらせて来た。

全く会話をする気がないことだけはわかったのでもう取り合うのはやめよう。

アレンとゼンがなんだこいつ?と言いたげな目をしていたがもう知らん。

「気にするな。報告を続けてくれ。」
「馬鹿皇子は馬鹿みたいに田舎娘に会いに行ってたのに、一ヶ月前くらいから急に興味をなくして公務やマナーに関しても素人みたいなことしてたらしいよ。」

サラッとロードの目の前で、ロードについて調べて来ましたと報告してくるアレンのあからさまなやり方に僕は頭を抱えた。

「とは言えだ。この馬鹿皇子は先生の暗殺も目論んでいたようだ。証拠もある。暗殺ギルドへの依頼書を入手して来た。」

ゼンも乗っかるなよ?!
情報は力だ。

それなのに最悪なタイミングで本人を目の前にして言うことじゃないだろ?!

けれど書類を手渡されると受け取らざる終えず、目を通せば確かに本物だとわかる依頼書だった。

「暗殺ギルドからどうやってこの書類を?くださいって言ってくれるものじゃないだろう?」

寧ろ依頼人の個人情報は極秘中の極秘のはずだが???

ゼンを見ながら問えば、彼はにっこりと笑ってひとこと。

「欲しいと言ったらくれたぞ?」

なんて言うのである。
つまり、洗脳魔法で操りましたと遠回しに教えてくれたわけだ。

とても有能だが、たまに末恐ろしい奴だなと思う。

「どんな心境変化があったかは知らないけど、公務とマナーは数日で元に戻ったみたい。でも性格は見ての通り、以前とは違うみたいだよ?まるでなにかに取り憑かれたか、人格が入れ替わったみたいに。」
「馬鹿皇子と裏取引をしていた連中も同じことを言ってたな。なんなら先生の暗殺計画とかは全て白紙に戻されたそうだ。」

二人がつらつらと報告してくることに、僕はジッとロードを見つめていた。

けれどロードは焦ることもなくにこやかなまま。

だから、

「なにか反論とかないのか?ここまで言われてるのに。」

僕から問いかけてやればロードは「別に何も。」と言うのだ。

「強いて言うなら田舎娘と婚約したとしてあいつが皇太子妃になれると思うか?無理だろう?現実をちゃんと見たと言って欲しい。」
「それにしたって急すぎるだろう。」
「興味をなくすタイミングなんて急なものだろう?」
「……だからって僕の暗殺計画まで白紙に戻すとは一体どういう理由だ?」
「それは…。マリアと婚約するならまだしも、目が覚めたらそんな気もなくなったし。なら、俺が皇帝になる意味もないだろう?継承権第一位を消してしまう理由がなくなった。」

もっともらしい理由といえばそれまでだが、行動の全てがマリアのためだったロードだ。

そう言われると、そうなのかと思ってしまう。

僕が物語を変えたせいで、ロードのヒロインへ対する執着すら無くしてしまったと言うのだろうか?

わからないが、けれど目の前のことが事実なのだから受け止めるしかない。

だからって丸っと信じるわけでもないが…。

「先生、今はどうであれ先生を殺そうとしていたのは確かだ。今ここで消してしまってもいいと思うんだが?」
「待て待て。僕を暗殺しようとしたなんてことが罪になると思うか?こちとら継承権は返上してるし、公爵の跡を継ぐ気もない。表舞台からも去った身だ。ほとんど価値のない存在に対しての殺意をどうやって罪にするんだよ。」
「俺らにとっては先生が全てだ。それだけでいい。事後処理は俺が何とかするよ?」
「その気持ちだけ受け取っておく。」

むしろ首脳会議を前にそんな大問題を引き起こしてくれるな、と言えばゼンは唇を突き出してむくれていた。

だから手招きしてゼンの頭を撫でてやると少しだけ機嫌を戻してくれた。

「でもさあ〜、殺意があったのは事実じゃん?過去の感情かもしれないけど、再び湧き上がる可能性は…」
「ないね。絶対ない。今の俺はアーティスをどうやって懐柔して甘やかしてわがまま言ってもらおうか考えるのに必死だから。」

アレンの言葉を遮ってキラッと、それはもう真顔で言い放つロード皇子殿下。

マジでヤバいし怖いんだが???

何なんだその理由は。
ていうかなんで僕なんだ。

本当に遠を見ているようで、怖いのに落ち着かない。

見た目も声もまるで違うのに、にこやかに傍観者を気取りながら、

僕がどんな悪意を秘めていても、怖がったり怯えたりしない。

寧ろ、それを可愛くてたまらないとばかりに求愛してくる変態変人クソ野郎。

遠のことは諦めたが、二度目の人生まで諦めるつもりはない。

…が、どうしても被ってしまう前世の恋人の姿が垣間見えると何もいえなくなる。

まあ、

「アーティとキスしたこともないくせに?触らせてももらえないのに?一緒に寝たこともないよね?俺はしてるけど。」

にっこりとアレンが返す言葉はロードのみならず、ユランやリリー、ゼンまでもが僕に振り返ってきた。

あの時の気まぐれな行動を引き合いに出されるとは思わず絶句しつつも視線を逸らしてしまう。

最中、

「なにそれ自慢してるつもりなのか?キスもして同じベットで寝て触りたい放題だから…、なに?そこまでしても男として見てもらえてないって言ってるようなものだぞ?」

ロードもロードでにこやかに返してはいるが、いつになく不穏な空気である。

アレンはそれに対してにっこりと笑ったまま、

「男として見てもらいたいから近寄って拒絶されてるあんたに言われても嫌味にすら聞こえないよ。対等な場所にすら立ってないあんたよりは、俺の方がまだ男だと思うけど?」

一歩も引き下がらない姿勢で、なんなら頭の回転はいいアレンだ。

対人関係においてはゼンよりも融通が効くし、相手のことをちゃんと見ている。

それがこんな時に発揮されるとは思わず呆然と見つめていた僕は、

「………どっかの誰かさんにそっくりだな。いや、ほんと……。お前だけは限りなく敵だってことはわかったよ。」

前世で交流のあった遠の弟。
遥にそっくりだと思って見てしまっていた。

そしてロードもまたそういう人物を知っているらしい。

うんざりとした様子で、けれど嫌えないと言いたげに言葉を紡いでいた。

アレンはにこやかなまま、

「誰の味方になるかは俺の気分次第だからねえ〜。」

なんて言って僕に抱きついてくるのだ。

ほんと、こいつはいつ裏切るかわからない奴だとは思っていたけど…。

「契約も制約もある俺が唯一裏切れない相手でもあるのがアーティとも言えるけど。」

これは気分じゃなくて事実だから、事実なら仕方ないから、それなら…

「気まぐれが通用する相手に寝返るかどうか、アーティ次第だってことも忘れないでね?」

本当に抜かりがないというか…。
僕との契約は単純にブラックリストの保護のみ。

嘘をついたり裏切ったりしないようにとは言ってない。

つまりアレンの、僕への誠実な在り方はこれなのだ。

誰よりも一歩先にいて、誰よりも一番にアレンに与えること。

僕も気まぐれだったとはいえ、キスをしたことでアレンのタチの悪さが悪化したようだ。

まあ、好都合と言えば好都合なのだが、リリーやゼンが居るこの場で言わないで欲しかったとは思う。

だって…、

「先生?アレンは危険だ。殺しておこう?」

ゼンの機嫌がすこぶる悪いのだ。

なにかと殺って片付けようとしないで欲しい。

リリーとユランは大人だから態度に出したりしないけど、まあ面白くないと顔には出ている。

アレンが爆弾と同じだってことを忘れていたミスだとはいえ、そうさせたのはロードが居座り続けているせいでもある。

全くもって面倒くさい。

「そんなことより会議参加者の情報収集はどうなんだ?本題はそっちだろう?」

ロードのことはもういい、と僕が話題を変えると前はあからさまな舌打ちで取り敢えず我慢してくれたようだった。

「参加者のリストはこれだ。どの国も大半が参謀を任せている人物を連れてくるようだ。」

ゼンが手渡してくるリストを見ても全然わからんのだがな。

だってこの国から出たことないし、外交を行う手段もこちらにはない。

表舞台から去った僕がそいつらを知るためにはこうして情報をまとめて読み、報告を受けることだけなのだ。

「どこもキブリー・ロンベルトの存在に警戒してそれなりの護衛も携えてるみたいだよ?Sランク冒険者を雇ってるところもある。」
「わかってはいたが、とんでもないなリリーは。」
「師匠の魔法は大国ですら吹き飛ばすからな。」

褒めたわけではないのだが、ゼンが自慢げに言う姿には小さく笑う。

お前が威張ることじゃないだろとも思うのだが、ゼンにとって大好きな人だから自分のことのように嬉しいのもわかるのだ。

まあ、当の本人は素知らぬ顔でドラゴンの卵に想いを馳せていたがな。

「その大国は今回どんな奴らがくるんだ?」
「大国だからって他の国とそう変わりはしないよ。金銭力があるぶん、護衛の数と質はピカイチだけど。」
「師匠にそんなものは通じないし、元より先生のことだ。血を流すやり方なんてしないだろう?」
「いや、戦力ではなく知略の方だ。どんな人物なのか知りたい。」
「そう言われると思って映像石にここ数日の行動とかは記録してきたよ。」
「俺もリストにして性格やら裏で何をしているかなどは記載してきた。」
「さすがだな。」

いや、ほんと敵にすると怖い奴らだが味方につけるとこうも頼もしいとは。

ならばあとは僕が読み込んでどんな人間か推察しつつ、会議での振る舞いや言動を決めるだけだな。

集められた情報をどうやって使うかは僕の采配で決まるのだから。

その一連の流れを見ていたロードは特に何も言うことなくにこにこといつまでも僕を見つめていた。

「さすがにもう帰れよ。気が散る。」

僕がジロリと視線だけあげると、

「いやあ、何を悪巧みしてるのかなあって見るのも楽しくて。」

ロードは気にしないで続けてくれと言うのである。

自分は何にもせず傍観者を気取り、問題が解決したら事後処理のみサクッとしておくこのスタイル。

勿論、嫌なわけじゃない。
下手に口出しされても面倒だからそれはいいのだ。

ただ本当に、遠と同じタイプだなと思い直しただけで。

気が済むまであいつも放っておいた方が大人しかったからこいつもだろう。

そう思うと下手に追い返そうとするより、あっそうと言って無視しておく方が快適に過ごせる。

だから僕はベットに寝転がって資料を読み漁り、お茶を頼んで一人チェスをしながら考えに耽ったりしていた。

気がつけば夜が近づいていて、リリーたちにはもう帰っていいことを告げていたのだ。

「アーティって考えてる時が一番楽しそうだね。」

一旦風呂に入ろうと手を休め、湯上がりで出てきた僕にアレンがそんなことを言ってきた。

「そうか?こんなものゲームと同じだからな。勝つためには何手でチェックメイトを告げられるか。相手の手札をどこで切らせて、自分の手札を投下する最適なタイミングを考察していく。楽しい、と思ったことはないが負ける気はないな。」

うん、これが適当な答えだろう。

楽しんでしている感覚は特にない。

楽しみたいのは引きこもり生活であって、他人との腹の探り合いや政治に関わることじゃない。

けれど引きこもり生活を楽しむために、しんどいことをしなくてはならないのなら仕方ないという程度だろう。

「まだ続けるの?」
「ああ。数日で頭に叩き込んでおかないとな。先に寝てていいぞ。」
「あれはまだ放置すんの?」

アレンがにこやかに指さした先にはまだロードがいるのだ。

追い出す?追い出すよね?なんて言いたげな顔には顔が引き攣る。

皇子をあれ呼ばわりするアレンもアレンだが、ロードもよくもまあ飽きもせずずっと見てられるものだ。

「アレンが遊んでやればどうだ?案外楽しめるかもしれないぞ。」

つまりお前に任せる、と言ったに過ぎない。

そして僕はまた一人で資料を読み漁り始めたのである。

気がつけばとっぷりと夜が落ちていた。

資料もほぼ読み終わり、会議の主導権を握る算段も終わったところで顔を上げれば部屋が真っ暗だったのだ。

伸びをしながら部屋を見渡すとアレンはロードとチェスをしていたらしく、寝落ちしましたという状態。

アレンに毛布がかけられていたからロードは帰ったのだろう。

今何時だ?と思いつつ立ち上がりながら、凝り固まった身体をほぐしていた。

そのまま僕も寝ようかとおもったが頭を使い過ぎて逆に目が冴えてしまっている。

「散歩でもするか…。」

ユランと初めてした散歩を思い出し、気晴らしに自分から外出なんて考えたこともない僕が外に出ていたのだ。

前世なら目が冴えていたらそれなりに部屋でできる遊びをしていたのに。

ぺたぺたと裸足で庭に出れば高く昇った月の明かりのおかげで部屋の暗さより外の方が明るく感じた。

でも散歩ってどうすればいいんだろう?

ただ歩くだけの何が楽しかったんだっけ?

はて?とユランとの散歩を思い出しながら歩みを進めてみつつ、手入れされた庭園を見ても特になんとも思わず…。

まあ結論、

「何も楽しくない。」

という答えが出た。

なので近くのベンチに座り込み、ぼーっとする羽目になった。

本でも持ってくればよかったなと思いつつ、まあひとりの時間が最近全くなかったからこういうのもアリか…と考え直す。

すると、

「考察はやっと終わったか。甘いもの食べるか?」
「ああ、ありが…」

不意に声をかけられたことに振り返り、リリーかゼンだと思って気が効くなと思ったのだが、

目の前の人物はリリーでもゼンでもなく、ロードだったことに僕は言葉を止めたのである。

「なんでお前がまだここにいるんだ?!」
「なんでって。気の済むまで見てただけだけど?」
「流石にこんな時間なら帰るだろ?!」
「ああ。だから一旦帰って風呂入ってきた。」

だからラフな格好してるだろ?と自分の姿を見せてくるロード。

うむ、話が噛み合わない。
今に始まった事ではないがな。

「風呂入ったらそのまま寝ろよ。なんでまたここに来るんだ。」
「まだやってんのかなあって様子見に?」
「そんなことする必要あるか?」
「こうして話せた。」

必要性はそれで十分だとロードは言いながら手持ちのひと口クッキーを持って食べない?と聞いてくる。

リリーやゼンが持ってきてくれるならまだしも、ロードの持参したものなんていらない。

ぶんぶん首を横に振るとロードはくすくすと笑いながらお菓子を仕舞い込んで僕の隣に座ろうとするのだ。

「近寄るなって言ってるだろ!話すなら距離を置いて話せ!」
「警戒心の塊だな〜。いやあそういうところも大好きなんだけども。」
「にこやかに僕の警告を無視して座るな?!」
「いいじゃん、座るくらい。」

ストンと座ってしまったロードを見て僕の方が立ち上がってたわ!

本当になんなんだこいつ?!

「好きだって言ってるだけなのに、なんでそんな警戒するかな?」
「好きになってもらうようなことをした覚えが全くない!」
「一目惚れだからねえ。」
「理屈の伴わない感情は嫌いだし信じてない!お前はものすごく胡散臭い!!!」

キッパリ言い放つとロードは目を細めて懐かしそうに僕を見つめるのである。

この眼差し、度々向けられるのだが意味がわからない。

「なんなんだその目は?」
「いやね、懐かしくて。会いたくなるもんだねえ…。」
「会いに行けばいいだろ。」
「それが出来るならとっくに行ってるよ。」

つまりそれが簡単にできない場所にいるか、もしくはもうこの世にいないかのどっちかというわけか。

ふむ、生きていてくれたなら僕の代わりにこの理不尽大魔王を押し付けたいのだがな。

「会えたら僕に構うことも二度とない存在なのか?」
「そりゃあ勿論。アーティスがそっくりすぎてたまに錯覚するくらいには。」
「つまり、僕は身代わりのようなものか。なるほど、それなら好きと言われる事も納得できる。」
「え?いや、そういう風に捉えられるか…。」

うーむ、とロードは考えていたが何か間違っているか?と僕が見つめていると、

「誰かの代わりなんて居ないだろう?ただあまりにも似すぎているから恋しくは思うが…。アーティスが好きなのは本当なんだけど。」
「意味がわからん。重なるから好きになったとしか聞こえないが?」
「そんなわけ。一目惚れなのに重なる要素なんて後付けで知ったに過ぎないのに。」
「………むしろそっちのほうが信じられないな。」
「理屈がお好きですねえ〜。そういうところもそっくりとは…。」

クスクスと笑いながらも好ましいと言いたげな眼差しを向けられることは慣れない。

それにこいつの好みはかなりおかしい。

理屈が好きで警戒心が高く、愛だの恋だのを根本的に信じてない奴に対してよくも求愛できるものだ。

前世で遠にも同じことを思っていた感覚が蘇ってくる。

本当に相性が悪い。
限りなく苦手なタイプだなと。

ロードに背を向けながら会話にならないなと判断して、夜風に吹かれつつぼんやりとしていれば、

「………環。」

不意に名前を呼ばれた気がして振り返っていたのだ。

いや、聞き間違いか?

ボーッとしていたし、この世界で僕の前世の名前を知ってるやつなんて居ないのだから。

でも振り返った僕の目の前にはロードがいて、妙な空気を感じたので「なんか言ったか?」と口にしていた。

「いや…、なんでもない。」

そしてロードもハッとして、まさかなと言いたげに頭を振るのだ。

そのまま立ち上がるロードは僕を見下ろしてきながら、

「ハグしたいって言ったらどうする?」
「逃げるだろうな。」

ていうそう言われた瞬間飛びのいていた僕である。

ジリジリ後退りながら睨みつけていれば、ロードはクスクスと笑いながら…

「追いかけたくなる反応やめてくれ。」

頼む、と言われることにはぶるりとした。

「逃げたくなることをお前が言わなきゃいいんだろ!」
「ハグしたいが逃げたくなる言葉だとは思わないだろ?」
「触られるのも嫌いだしお前のことを完全拒絶している僕の常日頃の反応を見てよく言う。」
「ははっ。まあそうだよな。」

ロードは物思いに耽った顔をして、それからあっさりと背を向けたのだ。

「じゃあまた明日な。」

やけに今回は潔く引いてくれた背中に、僕はハテナを浮かべながらも助かったと安堵して部屋に戻ったのである。


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