もしも黒猫様が悪女に転生したら12
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入学してから早くも一週間。
アレンは体験入学でありながらもその天使のような容姿と気さくさで一気に人気を博していた。
それに頭が悪いわけでもなく、魔法もある程度使いこなせることもあり、
授業での模擬戦なんかでも活躍しているらしい。
本格的な入学を望む講師たちの話しを耳にすることもよくある。
一方僕は生徒たちの学力向上に努めてもらいたいと言われ、一番問題であるSクラスの担任を任された。
つまり、学園の中でも能力を認められた生徒のみが入れる特別クラスだ。
だがどいつもこいつも人の話しを聞かず、講師たちもうんざりしているという事情を教えられている。
魔力がみんな高く、講師たちは足元にも及ばないらしい。
馬鹿でも戦闘力があるせいで舐め腐った態度を取るという。
典型的な問題児である。
特別クラスになんて入れるから余計につけあがるんだろうと言いたかったが、論争しにきたわけでもないので静かに受け入れておいた。
まあ、僕の目的は生徒の改善ではないしな。
だからって…、
「今日からお前たちのクラスを受け持つことになった。アーティス・べレロフォンだ。」
クラスに足を運ばないということは無理なので、定例の挨拶を口にしていたのだが、
「べレロフォン?マジかよ。次は悪女のお出ましだぞみんな!」
「お前なんかに講師が務まるのかよ?寧ろ俺らが罰してやろうか?」
「いいじゃーん!それ賛成〜!悪霊退散ー!」
「つーか貴族のくせになんなのその格好?既に終わってない?」
などなど。
思った以上に大人を舐めている奴らにうんざりしたのはいうまでもない。
勿論僕は講師としてきている今でも男物の服で固めている。
普段のだらしなさを見せるべきじゃないとユランが指示して着せられている服は貴族の男が着ればそれなりに見栄えもあるものだ。
…が、悪女として有名なアーティスがそれを纏って教壇に立つということほど滑稽なこともないのだ。
まあそんなことはどうでもいい。
ここまで酷い状態の生徒たちを前に完全に舐められている状態が一番気に食わない。
…が、教えてやる謂れもない。
僕の目的は学園の潜入であってこいつらじゃないからな。
「好き勝手ほざいてろ。授業なんてする気はないから、やりたいことをやってろ。」
じゃあな、と出ていこうとすれば教室の出入り口がぶっ壊されていた。
簡単だ。
意図的に魔力を使って僕の道を塞いだ奴がいるってだけ。
振り返れば生徒たちが僕の周りを囲っていて、
「悪は成敗しないと、だよなあ〜?」
「授業もしない講師なんて意味ないし?」
「そうそう〜!あんたは何日で辞めるかな?」
「あたしらと違って生きてる価値もないもんね〜!」
などなど。
めちゃくちゃ舐められているのは見ての通りである。
…が、ここまで酷いとは思わなかった。
ある程度授業をしてやればいいと思っていたが、授業なんてしてやる価値もない人間な上に、
講師を悪人呼ばわりだ。
アーティスの悪い噂は広まってるにしろ、少々お灸を据える必要があるらしい。
僕は小さくため息をついてから周りを囲っている生徒を見つめてハッと笑い飛ばしていた。
「生きてる価値がないのはお前らの方じゃないのか?」
「ああ?」
「人の上に立つ人間に武力なんていらない。人格者であれば武力は自ずとついてくるものだ。…が、お前たちを慕って剣にも盾にもなってくれる人物はいるのか?」
「そんなもの必要がない。俺たちは強いからな。お前と違って選ばれた人間なんだよ、わかるか?」
「お前こそ何を言ってるかわかっているのか?そんなもの、独裁者じゃないか。そんな人間に誰がついてくる?」
「ついて来させるんだよ!それが権力だろ!」
「馬鹿もここまで来ると呆れすら通り越すな。」
「なんだと!」
「そう思わないか?キブリー、ユラン。」
名前を呼ぶと僕の背後にリリーとユランが現れた。
念のため、僕は戦闘力なんてないから潜ませておいたのだ。
初日が肝心だということは分かりきっていたし、もしものためにリリーの魔法で透明化してついてきてもらっていたというわけ。
わざわざ呼び出すことがないことを祈ったが、そうもいかない生徒たちの実態に僕はゆるりと笑って問いかけたというわけだ。
「全くもってその通りですね。国にとって害悪でしかないどころか、私の主人を愚弄するとは…!」
「これだから人間は好かんのだ。皆殺しで構わないかアーティ?」
キブリーとユランの名前もまた有名だ。
魔塔の主人にして最強の称号を持つリリーと、自由騎士という世界でも数人しかいない実力を兼ね備えたユラン。
その二人が殺意を持って僕の背後にいる。
その事実に生徒たちは目を丸くして怯んでいた。
「な、な、なんで自由騎士と最強の魔法使いが…?!」
「そんな悪女を守る必要がどこにあるんだよ!」
「そうよそうよ!あたしたちにつけば、相応の身分と権力を与えてあげるわ!どう?」
などなど、こいつらは全くもって学習をしないらしい。
ユランとリリーをチラと見ると、怒り浸透の様子だった。
「アーティス様。死なない程度にするので殴ってもいいですか?」
「いや皆殺し決定だろう?なんなんだコイツらは。害虫にも程がある。」
「待て待て、落ち着け。大人の計らいでのぼせあがった雑魚にいちいち怒るな。」
僕が宥める言葉に生徒たちの方が逆上し、言葉もなく魔法を行使してきた。
…が、そんなものはリリーにかかれば防ぐことなど他愛もないし、
その隙にユランが取り押さえて喉元に剣先を突きつけることも造作もない。
あんまりのことに生徒たちがガクガクしながらも、
「自分で戦えないのかよ?!他人に頼って卑怯極まりない!」
「正々堂々戦え!」
なんて言ってくる輩に僕は静かに笑っていた。
「言ったろう?人格者であれば己が強くなる必要はないと。ついてきてくれる人間に頼ることの何が悪い?僕を慕って僕の力となってくれる存在のなにが卑怯だ?」
「「「「「………っ?!!、」」」」」
「力を誇示することでしか誰も従えられない。弱いものからしか搾取できない。人間の底辺にいるお前たちにとやかく言われる筋合いなどないんだよ。」
リリーが重力を操る魔法で生徒たちを跪かせてしまうタイミングはバッチリだった。
殺すなと予め言っておいたから、何もできないようにしてくれたのだろう。
ユランもまた、生徒から離れて僕の背後に控えている。
上出来だ。
あとは僕がこいつらに復讐すら諦めさせるほどの恐怖を植え付ければいいだけなのだから。
「さて、ここで質問だ。僕は講師である以上このことを見過ごしてやることもできるが、お前らを即刻退学にすることもできる。どうする?」
「た、た、退学だけはどうか…っ!」
「ふざけんな!こいつの言いなりになれってのかよ?!」
「で、で、でも…!王立学園を退学になったなんて経歴がついたら…!」
「こいつを追い出せばいいだけだろ!!!」
「でもどうやって…!」
わいわいガヤガヤと、生徒たちは言い合いを続けていた。
その光景を静かに見つめながらも、僕はパンパンと手を鳴らして生徒たちの意識をこちらに向けさせたのだ。
「自分の行いを悔い改められない奴は退学させる。自分のエゴとプライドだけで僕を害そうというのなら殺す。自分の立場をよく考えて発言しろよ?お前らが死んでも誰も僕に何もできないということを。」
ゆるりと笑ってみせると生徒たちは顔を青ざめさせていた。
まあそれでも、
「俺は時期皇帝だぞ?!そんな俺を殺せばお前はにの果てまでも追われる!!!」
「あたしは時期女王よ?!悪女に殺されたとなれば国は黙ってないわ!!!」
「私は時期宰相だ!由緒ある家系を絶やすなど言語道断!罰せられるのはお前だぞ!」
なんて声が飛び交っていたが、そんなもの僕には関係のないことだ。
「じゃあ、やってみるか?お前たちを殺して本当に僕が国に殺されるか否か。」
「「「………っ?!!!」」」
「キブリーを相手に国が僕を殺せるだろうか?こいつは人類にとって害悪にもなれる男だぞ?ユランは自由騎士だ。実力のみでしか勝ち取れない身分を持っている。後継者を殺された、なんて些細な理由で僕を敵に回すとでも?」
「些細って…!」
「些細な命だろう?僕からしたらなんの価値もない。お前たちが死んでも国は周るんだよ。お前たちが国の頂に座ることこそ悪だと僕が判断すればそうなるんだ。」
にこやかに笑ってやれば生徒たちは言葉をなくしていた。
つまるところ、親にこの学園に入れられた経緯は誉められたことをしていないってことだろう。
自分より強いものも、自分より賢いものもいる。
それを学ばせたいという親の気持ちはよくわかる。
それでも僕は容赦する気もないし同情だってしない。
こいつらは僕を害そうとした。
その事実に相応しい罰を与えるのは僕だ。
「ママやパパに頼ってみろ?今すぐ連絡をしてくれて構わない。僕の言ってることが正しいか否か、すぐわかることだ。」
絶望は、血を流さなくても与えられる。
真実は、残酷なものだ。
それを踏まえて自分の優位を確立するために連絡を取る生徒たち。
けれど僕の背後に立っているキブリーとユランの名前を出すと途端に通話を切られていた。
見捨てられた子供たち。
それが魔力だけはあるが、人格が最悪のSクラスだった。
「さて、死ぬ準備はできたかな?お前たちには行く場所も帰る場所もないんだ。死んで償えば少しくらい世の中のためにはなるだろう。」
僕がそういうとリリーが手を翳して魔法陣を発動させていた。
目の前のことに困惑しながらも死にたくないと生徒たちが口々に懇願し、涙し、謝るから!と訴えてくることに僕は冷たく見下ろしていたのだ。
「何に謝ってるんだ?何が悪いかわかっているのか?」
「わ、わわ、わからないけど!死にたくない!!!」
「親に見捨てられた!でもどうしたらいいかわからない!死にたくないことだけはわかる!」
「お願いします!あたしたちが悪かった!だから許して…!」
手のひらを返す生徒たちの大半が罪の意識を持っていない。
殺すことはとても簡単だったが、学園に潜入するためにもここまで屈服させたことを利用しない手もない。
だから僕はリリーに魔法を止めさせていた。
生まれた時から甘やかされ、自分が一番優れていると思い込んできた奴らだ。
そいつらが泣きすがっているのだ。
利用しないでどうする?
「親に見捨てられ、帰る場所も失い、自業自得な場面で、それでも生きたいのか?滑稽だな。」
「「「「「……っ。」」」」」
「生きてる意味のないお前たちが、生き延びて何をする?なんの価値がある?死んだ方が国のためだと判断されたから連絡を切られたんじゃないのか?」
追い詰めていけば生徒たちはぶるぶる震えながら、号泣する奴もいたが同情する気にはなれなかった。
けれど、
「あたしたちは国のためなんて理由を押し付けられただけだ!」
「そうだ!自由に生きる権利がある!!!」
「親が見捨てるなら尚更だ!」
「望んで貴族に生まれていたわけじゃない!」
次の瞬間にはこうだ。
全く、呆れて物が言えないとはこのことである。
「なんと醜悪な…。」
「アーティス様、同情の余地はないかと。」
リリーとユランまでもが嫌悪しているところを見ると、その通りだろうとは思うのだが。
講師初日に自分のクラスの生徒たちを虐殺したなんて見聞が悪すぎる。
まあそれに、こいつらの言い分も少なからずわかるのだ。
親に政治の道具にされてきたのだから、それ相応の好き勝手をしてきただけ。
幼稚な発言ではあるし馬鹿の極みだが、大人に振り回される子供の気持ちなんて誰も見ない。
僕もそうだったしな。
「自由に生きる権利、か。さて、これまでのことを踏まえて自分の権利を主張するならお前らはどうやって生きたいんだ?貴族を辞めるとして今まで支援してくれた親の金も何もなくなる。ただの平民と同じ。いやそれ以下だろうな。どうやって稼いで自由を得るんだ?」
静かに問いかけると誰も何も発言しない。
寧ろ視線を彷徨わせているのだからため息だって吐きたくなる。
つまり、なんの考えもなく反論だけしていたということだ。
自分がどうなりたいのか、どうやって生きていきたいのか、そういうものが全くない。
こいつらは当たり前に親に敷かれたレールの上を歩いてきたから、そんなことを考える余地すら与えられてなかったということだ。
どこの世界でも親ってもんはご立派なものである。
「よくわかった。お前たちに一番必要なものは知識と経験だな。とりあえず席に座れ。お前らに必要な授業をしてやる。」
僕がパンと手を鳴らすと生徒たちはオロオロしつつも顔を見合わせて、ゆっくりと移動していた。
その姿に背後では「情けをかけられるのですか?」とユランに問われるので、
「情けじゃない。あいつらがねじ曲がってしまったのは大人のせいだ。罪の意識もなければやりたいことすらない。ただただ言われたことをこなしながら、それ相応の対価として好き勝手に振る舞っていたと言うだけのこと。」
「ですが、自業自得なのでは?」
「そうだな。だから同情する気はない。僕はあいつらに必要な授業はするが、あとはあいつらが決めることだ。」
親にあっさりと見捨てられた今、自立しなければ飢え死にどころでは済まないだろう。
現実を見た今のあいつらは藁にもすがる思いのはず。
だから教えはするが、それをどう活かすかは個人の自由だ。
わからないなりに自由を主張するのだから。
僕の言い分にリリーは「お前は甘いな。」なんて言うから肩をすくめてしまう。
「どこがだよ。結局僕は生きるために必要な教えは与えてやれるが、決めるのはあいつらだぞ?」
「つまり、親がしてこなかったことをお前がしてやると言うことだろう?」
「………大人を疑うことすら知らない子供の頃に、いいように利用されてきたんだ。僕だって経験があるからわかる。自立するには学ばなければならない。」
「そうか。お前がそう言うなら何も言わん。」
ポンと頭を撫でてくるリリーの眼差しはなんとなく優しさが滲んでいた気がして、
まるで甘やかされているような気分になったのでとっとと消えとけと指示して教壇に立ったのだ。
こいつらに必要な授業は魔法とか歴史ではない。
生きるために必要な知識と、自分にとって得意なことはなんなのかを知ることだ。
そしてそれを活かせる職業に就くために何が必要になってくるのか。
自立するための基本的な社会性と、自己評価の改心を教えなければならない。
とりあえず、
「さてと。現実を知ったお前らはこれからどうしたいのか全くわかってないし、親がいなくなって自立するやり方すら知らない。無知というのは時として罪になる。それは学べたな?」
静かに問いかけると全員が苦々しい顔で頷いていた。
その光景を見ながら、全員が現実に対して受け止め方がわかっていない様子を見つつ、
だからって家に帰りたいとか両親に会いたいとか思ってもないことを確認していた。
全員一致で家には帰りたくないと言う答えが返ってきたので、よろしいと頷く。
「じゃあ街にでも行くか。校外学習だ。」
「…え?だって外出するには許可が…。」
「校外学習は立派な授業のひとつだ。それに講師は僕だぞ?引率者が授業のために街に生徒を連れて行くことの何が問題だ?」
「で、でも、校外学習なんて聞いたことありません…っ。」
ざわつく生徒たちは箱庭に閉じ込められた小鳥のようだった。
自由は目の前にあるのに、飛び出すことが叶わない籠の中しか知らないのだ。
「ふむ。外に出たくないのか?目の前には自由がある。それを見たくないのか?」
「そりゃ見たいけどさ。でもそんなことしたら怒られるだろう?俺たちはそれでなくても問題児なんだし。」
「そうよ。あんただってあたしたちを裏切るかもじゃん。」
大人を信用していない子供たち。
典型的な姿を見てしまうと僕はケラケラと笑っていた。
そんな僕に生徒たちはなんで笑ってんの?とキョトンとしていたが、
「ああ、悪い。おかしくてな。僕が良いと言ってるんだ。誰にも文句は言わせないし、お前らを叱るような教師がいたら僕に告げ口してこい。そいつは学園から追い出してやる。」
にこやかに言い放つと生徒たちはポカーンとしていた。
「僕は嘘なんてつかない。約束してやる。お前らは僕の生徒なんだ。僕の生徒を僕が好きにして何が悪い?横からギャーギャー言う大人の言うことなんて聞かなくて良い。」
だから早く準備しろ、と言えば生徒たちは顔を見合わせながらも外に出られることに少しワクワクもしている様子だった。
そうして校門の前に集合な、と言って出ていきながら僕も準備をして集合場所に集まっている生徒たちの元に向かったのだが。
「困ります!来て早々校外学習なんて!この子達の家柄がどんなものかご存知ですか?!」
早速咎めてくる教師が現れたのである。
生徒たちはやっぱりなと諦めすら滲んだ顔で僕のことを見つめてきたが、
「リリー、記憶を消してしまえ。」
透明化しているリリーに指示を出すと、ギャンギャン言っていた教師がその場で倒れていた。
「うるさい奴だな全く。家柄で生徒を見る教師なんてクソだ。覚えとけ。」
メモを取っても良い、と僕が振り返ると生徒たちはパアッと顔を輝かせて頷いていた。
そんな生徒たちを連れて街中に入れば賑やかで活気のある様子に圧倒されていたのだ。
本当に、箱庭に閉じ込められているだけの何も知らない奴らだった。
「先生!これ買っても良い?!」
「好きにしろ。」
「先生!俺ギルドに行ってみたい!!!」
「行ってきたら良いじゃないか。」
「いや、一人で行くのはなんか心許なくて…。」
「そうか。じゃあみんなで行くか。」
「うん!」
それぞれが何に興味を示すのかを確認しつつ、校外学習という面目の元で行きたい場所に連れて行ってやったのだ。
まあギルドに入った時はいかつい冒険者ばかりで生徒たちも怯んでいたが、
「ユラン、少し力を貸してくれ。」
僕が言えばユランが透明化を解いて現れた。
そして誰もが憧れる自由騎士の姿に冒険者の方が興味を持って話しかけてくれたのだ。
生徒たちの事情を話せば気さくになんでも質問してくれと、生徒たちに色々教えてくれた。
身分や権力はこうして使う物だな。
「ありがとうユラン。お前のおかげで良い学習ができてる。」
「いえ、私で役に立てるのならなんなりとご命令ください。それにしても変わった授業ですね。」
「そうか?寧ろあいつらに最も必要な授業だろう?」
「アーティス様がそう仰るなら、そうなんでしょう。」
ふふっと笑いかけられるとなんか小っ恥ずかしくなって顔を背けていた。
最中、
「先生!魔物の解体見に行っても良い?!」
なんて声が聞こえてきたので好きにしろと伝えると、数人が冒険者たちに連れられて別の部屋に行っていた。
「すまないが、ユラン。ついてやっててくれるか?」
「仰せのままに。」
念のため、生徒だけを行かせるわけにはいかないのでユランを同行させておいた。
何かあれば迅速な対応をしてくれる奴だし、大丈夫だろう。
「ねえ、先生!先生はどうして先生になったの?」
「学園に短期間でも良いからと呼ばれたからだな。まあ学園に用事もあったから好都合だっただけだ。」
「じゃあ先生はすぐ出て行くの?あたし、先生に酷いこと言っちゃったけど、ずっといて欲しい!」
こんなに楽しい授業を受けたことないの!と言ってくる生徒の言い分には、
「短期間でお前たちにとって一番必要なことを全部教えてやる。僕はお前らの拠り所になるために来たわけじゃない。大人に閉じ込められるだけの人生を知ったんだろう?じゃあ飛び出す勇気も必要だ。僕が居ても居なくても、自分で考えて行動できるようになれ。」
「………っうん。」
「安心しろ。困ったことがあればいつでも頼ってくれて構わない。力になるし、見捨てるわけでもない。見守っていてやるから、好きなことを探してちゃんと自分の能力にするんだ。それがお前たちに必要なことだ。」
静かにいうと目の前の生徒は「はい!先生!」と満面の笑みを向けてくれた。
根が純粋すぎるとどうしたって歪みは生じる。
大人が子供を搾取するなんてあってはならないことだ。
でもそんなことすら疑わない純粋な時期に植え付けられた固定概念が生徒たちを作り上げていた。
同情の余地は無いにしても、親に搾取され続けた時間を考えると学べる時間を与えてやることはできる。
そんなこんなで校外学習は日が落ちるまで生徒たちの好奇心を満たし、
学校に帰るとSクラスの生徒が全員居ないことが大問題となっていたようで理事長に呼ばれてしまった。
生徒たちは心配そうにしていたが、
「お前たちは自分の部屋に戻ってゆっくり休め。心配はいらない。お前らの代わりに怒られてやる。」
まあ素直に怒られる気はさらさら無いがな、とにこやかにいうと生徒たちはケラケラと笑いながらまた明日!なんて言って元気なものだった。
そのまま理事長室にいけば、
「とんでもないことをしてくれましたね!」
なんて言葉から始まり、歳も歳だろう見た目のおばさんに睨まれたのだ。
「とんでもないことって?どのことだ?」
「生徒たちの親から連絡がありました!自由騎士と魔塔の主人を敵に回してまで子供を守る義務はないと!支援は打ち切りにさせてもらうと!」
「ああ、金のことか。くだらない。」
「何がくだらないんですか?!学園の存続のためにも支援金は必要なものです!それなのに…!」
「生徒よりも、金が大事だと?」
「そ、それは…!」
「親の道具にされ、人権の搾取をされてきた生徒たちを自由騎士と魔塔の主人を敵に回したくないがために縁を切った親の肩を持つと?」
「今、我が学園は窮地に追いやられているんです…!教育の低下。生徒たちの質の悪さ。それでも学園の存続を考えると資金は必要なのです!!!」
「くっだらないにも程がある。結局生徒を学ばせるよりもこの学園の存続にしか興味がありませんって聞こえるんだけど?」
「どちらも大事なことです!」
「経営の責任者として無能を晒してくれてどうもありがとうと言うべきか?」
「なんですって…!」
結局、有名な学園に投資して子供たちに教えよりも偉人を輩出する学園の卒業生にしたいだけの親たちの支援金が目的だと言ってるようなものだ。
教育の低下、生徒の質の悪さ。
それを作り出しているのが自分自身だということを全く理解していない理事長を見ると呆れてなにも言葉がない。
「学校とはなんだ?この学園が掲げているものはなんだ?金か?権力か?それとも最高の学びか?」
「…っ、」
「大人がそんなんだから子供たちは育たないんだろう?僕のせいにしてくれるな。親が決めたことと子供が自立しようとしていること。それら全ては個人の責任だろうが。お前なんかに責められる謂れはない。」
キッパリと言い放てば理事長は言葉をなくしていた。
まったく、怒るにしてもなんてくだらない理由だ。
子供のことなんてまるで考えてない発言を堂々とするなんてあり得ない。
ここは学校で、親の顔色を伺う場所じゃ無いはずだ。
「生徒たちが求める理想を学ばせてやることの何が悪い?自分の発言を理解して言っているのかお前は?理解しているなら尚更タチが悪い。学園のためなんて言って、自分の無能さを曝け出して楽しいか?」
「あなた…!!!私にそのような態度をとったこと!後悔するわよ?!!!」
「ほう?では、させてみろ。期待しておいてやる。僕は自分への危害に一切容赦はしないということを踏まえておけよ?」
「…っ!」
「やれるもんならやってみろよ、クソババア。」
それだけ言い残してとっとと去った僕だったが、
「良かったのですか?あの理事長は人脈の広さで有名です。各国の要人と繋がりがある人ですよ。」
ユランが心配して姿を現し、問いかけてくることにはフンと鼻を鳴らしていた。
「それがなんだ?僕を敵に回すならそれ相応の報いを受けさせてやる。そうだろう?リリー。」
「任せておけ。アーティを害するものなど一掃してやる。」
姿を表すリリーはようやく僕と語らえると思ったのか、上機嫌に僕を抱き上げてきた。
その光景にユランはムッとしつつも肩をすくめるのだ。
「あの生徒たちを守ると、そう仰るのですね。」
「守るというか、これまで大人の好き勝手に巻き込まれてきた被害者でもあるんだ。自分の意思すら持てなかった奴らを嫌悪するより、それを当然だと植え付けた大人の方が醜悪だろう?」
「確かに…。校外学習での生徒たちは楽しそうでした。」
ユランが納得しながら僕を見つめてくることには頷いていた。
見聞を広め、様々な職業があることを知り、自分が最も興味のあるものを見つけさせた今日の学習が実を結ぶことを願うしかない。
それに、
「僕は同情や甘さであいつらを学ばせているわけじゃ無い。現実がどんなものか教えているだけだ。理事長も同じだ。自分の力を誇示したいだけなら受けて立つさ。子供が大人に搾取されるなんて、あってはならないだろう?」
「そうですね。」
ユランは言いながら僕を優しい眼差しで見つめるので、居心地悪くてリリーの胸に顔を埋めていた。
そんな僕にフッと笑っていたユランなんて見てなかったけど、
「アーティス様。私の主君として、騎士の誓いを受けていただきたい。」
その言葉に僕は顔をあげてユランを見つめることになった。
自由騎士という身分は、たった一人の主君に忠誠を捧げる誓いの言葉がある。
それをしてしまえば主君が亡くなるまで拘束されるのだ。
なんなら主君が死ねば、自由騎士は剣を捨て、鎧を脱ぎ、騎士としての象徴を全て捨てる事になる。
「正気か?僕の見張り役でしか無い奴が、どうして……」
「アーティス様のそばに居たいのです。仕えさせてはもらえませんでしょうか?」
あくまでもユランは皇帝の命によって僕の元にいた。
信じるとかそんなものはなく、ただの監視役に過ぎなかった。
それなのに、
「お前に仕えてもらえる主人とは程遠い気がするんだが?」
「そうですね。でも、私はアーティス様がいいのです。」
「好きにしろ。僕はお前の意思を否定する権利など持ち合わせて無い。」
「はい、そうします。」
にこやかに言われるとそれ以上の言葉もない。
本来であればヒロインに対して騎士の誓いを言うユランが、まさか僕に対して言いたいなんて予想外である。
まあかなり物語のあらすじは変更しているし、本来ならアーティスとユランが出会うのはもっと後のことだった。
もちろんユランの信頼を得ようと思って城に赴いたわけでもないのだが、
まあいいか。
こいつのやりたいようにさせよう。
そんなこんなで僕はようやく自分の部屋に帰り、ユランの騎士の誓いを聞いて主人となり、風呂に入ったり夕飯を食べたりしながら過ごして講師初日が幕を閉じた。
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