迷える子羊❺
005.迷える子必死
「空さん、聴きたいことがあります。」
「はい。」
現在、わたしは空さんが正座している姿を見ながら腕を組んで見下ろしております。
なぜって?
焼肉に一緒に行ったまでは良かったのですが、そのときの発言に問題があるのです。
『ていうかさ、俺たちってセックスとかしないの?』
あのときはびっくりして吹き出してしまいましたが、よくよく考えてみるとわたしは記憶のない一夜を迎えているんです。
それなのにこんなこと聞かれるなんてちょっと違和感がありますよね?
だってやることやってしまったのに、わざわざそういうこと聞くでしょうか?
お酒を飲んだ勢いだったと思ったのに、空さんはお酒を飲んじゃダメだって言いました。
本当に抱きたかったら、お酒飲ませた方が簡単だと学んでいるはず。
つまり、わたしの記憶がないあの夜。
本当はなにもなかったのでは?という疑問が生まれたのです。
なので現在、休憩時間にいつも通りやってきた空さんと屋上に移動して静かに問いかけている最中なのです。
「あの夜、本当にわたしたちはそういうことしたんですか?」
「………し、したよ。したもん。男ならするよ絶対!」
「じゃあなんで焼肉の時にあんなこと聞いたんですか?お酒飲んじゃダメって言ったのはどうしてですか?」
「…………」
「答えてください。嘘ついたらもう二度と口利きませんからね。」
わたしがそう言うと空さんは顔を上げて焦ったように本当のことを教えてくれました。
裸だったのはわたしが嘔吐して服が汚れたからで、
襲おうとはしたけど、寝ているわたしが空さんを抱きこんでしまい、
空さんも人肌の温かさに下心が消え、そのままら眠ったことを。
「空さん……。」
「………っごめんなさい!でも!ああ言っておけばヒツジ、俺だけ見るかなって!それにあのチャンスを不意にするとか男としておかしいじゃん!一生の恥じゃん?!」
何もかもが間違いすぎている思考にわたしはどこから突っ込めばいいのでしょうか?
取り敢えず、何もなかったことを知れたのはとても安心しましたが…。
嘘をついた空さんを叱るにしろ、彼の言い分は何もかも間違っている。
「あのですね、一生の恥のためにわたしに嫌われたいんですか?」
「い、嫌だ!違う!それはない!!!」
「わたしに見て欲しいがためにそんな嘘ついたところで、後でバレたらどうするつもりだったんですか?」
「俺しか知らないことなのに、俺が口割らなきゃいいかなって。」
「でも口割りましたよね?」
「だって、言わないと口利いてくれないって言うから!」
黙っていても喋っても、結局リスクはあるってことすら考えなしにしゃべったらしい空さん。
彼は多分、嘘をつくことに向いてないんだろう。
彼の言葉は全て純粋な感情からくる素直なものなのに、今回ばかりは口ごもっていたから。
嘘をつくのなら焼肉の時にあんなことを聞くなんてしないはず。
秘密を持てない空さんの性格を最近理解していたからやれやれと思えたけれど、
そうじゃなかったらわたし、そらさんを軽蔑して本当に避けていたことでしょう。
目の前でしゅーんと項垂れている空さんを見ると悪意からではなく好意と恥から嘘をつこうとしたのだとわかった。
「もう二度と嘘はつかないでください。今回は許しますが、次はありませんよ?」
「わかった!」
コクコクと頷く空さんは、もう嘘つかない!と反復していた。
わたしが人生の過ちにものすごく泣いた時間は何だったのかと思うくらい素直に吐いて謝るのだこの人。
怒りたくても怒れないくらい、
「ヒツジが嫌なことはもうしないから!」
素直にわたしの言葉を受け取って学んでくれる姿を見ると、許してしまう。
わたしが甘すぎるだけなのでしょうか?
けれど空さんはわたしよりも年上なのに、まるで人としての常識がなく、人として当たり前の感性すらない。
どうやって生きてきたらこうなるんだろうと思う反面、
怖い人だと、目立ってる人だからわたしとは住む世界が違う人だと思ってたのに、
「約束ですよ?」
「約束する。」
小指を出すと、それをぎゅっと握ってくる空さんは指切りも知らないみたい。
もう絶対嘘つかない!と何度も言いながらわたしの顔色を伺ってくる姿を見るといい子ですねって頭を撫でていたくらい。
それくらい空さんは…、
「ヒツジはあったかい。」
人間として扱われていなかったんじゃないかと思うくらい、子供のようで…
「あ、もう授業始まりますね。そろそろ戻りましょう。」
「………そだね。ヒツジ先に行って。」
「え?でも…」
「俺、次の授業出ないから。」
「どうしてですか?」
「……ちょっと野暮用があってね。」
不意に大人びた顔をして、踏み込んでほしくないと言いたげな一線を引かれてしまう。
ヘラッと笑ってくれるのですが、空さんは普段から感情が表情に現れにくい人だから、
無理に笑う顔はすぐにわかるのです。
けれど空さんにこれ以上聞いてほしくないと一線を引かれてしまうと、わたしも空気を読んでわかりましたと背を向けていた。
どこまで踏み込んでいいのか、空さんの言う好きがどんなものなのか、
わたしはまだまだわからないことが多くて、距離感に悩んでいます。
急接近してきたかと思えば、突き放されてしまうので。
けれど空さんがわたしの嫌なことはしないと努力してくれてる姿を見ると、
わたしもそらさんの嫌がることはしたくないから…。
だからわたしは、それ以上聞かないことを選択していたのです。
*****
「あ、いたいた〜!これから女子会なんだけど一緒に来ない?!」
放課後、空さんがまた来ると思っていたものの。
アテが外れて、先日わたしを心配して訪れてくれた3人がにこやかに迎えにきてくれました。
いつもなら空さんが来る時間なのに、今日は屋上で話してから休憩の時間にも来なかった。
なにかあったんだろうかと心配していたものの、それを教えてくれる人はおらず。
わたしは彼女たちに連れられるがまま、わたしと同じ一人暮らしだと言う3人の中のひとりの家にお邪魔していました。
そこでわたしたちは初めて自己紹介に至ったのです。
「ヒツリちゃんだからヒツジちゃんだったんだね!かわいいじゃん!あたしらもヒツジって呼ぶね!」
わたしの名前と愛称の成り立ちから話し、
「アケビさん、ナツさん、ナチさんよろしくお願いします。」
彼女たちの名前の一番下の文字だけ取るとビッチになるから、空さんからビッチ三姉妹と呼ばれているんだと言うことも知りました。
アケビさんはストレートロングの黒髪をサラッと揺らすクール美人さんで、
ナツさんはふんわりボブの明るいハニーブラウンの髪型で愛くるしい笑みを向けてくれる。
ナチさんはセミロングの金髪をいつもポニーテールにしており、モード系のファッションを着こなすおしゃれさんでした。
わたしが真似しようと思ってもできない個性を持った3人との女子会は今更すぎる自己紹介から始まったものの、
「うわあっ!かわいいぃぃぃぃっ!こういうメイク似合うのあたしたちの中じゃいなかったもんね!」
「ヒツジって爪の形も綺麗だね〜!ネイルするから写真撮らせて。」
「この髪色、地毛なの?!羨ましい〜!アレンジしていい?!」
女子会と言っても、わたしが飾られていくだけで喜んでくれる3人でした。
普段からメイクなんてあんまりしないし、髪型のアレンジも得意じゃないのと似合わないだろうという思い込みから下ろしっぱなしで、
ネイルすら誰かがしているのを見てかわいいなと思う程度の代物。
だから、
「…これが、わたし?」
3人がそれぞれの課題をこなすためでもあったものの、鏡に映る自分に信じられない思いでまじまじと自分を見つめてしまうくらい、
「これでもあたしら成績優秀なほうなんだよ?」
「ヒツジは磨けば輝く原石そのものだねえ!」
「写メ撮って空に送ってやろうよ!」
「「それいい!」」
わたしはモブで、ドブネズミで、鬱陶しがられてすぐ泣く面倒な女だと言われ続けてきたのに、
彼女たちの手にかかるとまるでシンデレラ。
あれやあれやと写真を撮られて呆気に取られていたのは言うまでもない。
だからこそふとした疑問を彼女たちに投げかけていました。
「あの…。空さんって、何者なんですか?」
いつもなら来る時間に来なかった。
屋上でも子供みたいに萎縮していたのに、次の瞬間には大人びた顔つきだった。
わたし、空さんのことなんにも知らない。
勿論それが悪いわけじゃないってこともわかっているんですが、
距離感がどうにもわからなくて、空さんには聞いてくれるなと言われてるような雰囲気を出されてしまうので…。
単純に知りたかったから質問していたわたしに、彼女たちは顔を見合わせながら沈黙を置き、
「それって、空がそういう態度取ったってことだよね?」
「そういう態度…?」
「つまり、何も話してくれないまま拒絶されたんでしょ?」
「…は、はい。」
「じゃあ多分、家の事情かも。」
わたしの質問に、それまで盛り上がっていた雰囲気が一気に変わってしまった。
申し訳なく思いつつも、どういうことですか?と尋ねていたのは好奇心とかではなく、
空さんを単純に知りたかったから。
最初は怖かったし、関わりたくもなかったけれど、
空さんに悪気がないことを知った今では、ちゃんと彼のことを知っておきたいと思う。
踏み込んではいけない理由や、踏み込ませてくれない事情を知っておけば、
わたしも弁えることができるので。
そんなわたしの質問に彼女たちは複雑そうな顔をしながらも教えてくれたのです。
「空ってあれでも財閥の息子なの。まあでも…、妾の子供だから。正妻の息子が後継なわけ。」
高校くらいの時に噂になって、その頃は有名だったんだと言う。
「それまであいつなんにも教えてくれなかったし、黙ってたからね。」
「あたしらが知ったのも単純に、進路相談の懇談の日に空の父親が訪ねてきて進路は好きにしろって言うだけで去ったからなわけ。」
「仕事が忙しくて時間がないから、後継者でもないお前の懇談には付き合えないがとか何とか言ってたっけ?」
「あれは酷かったよね。でも空も特に気にしてる様子でもなくて、わざわざそんなこと言うためだけに来るとか実は暇なんじゃん?みたいな言いかたしたの!」
ふとした疑問だったものの、聞く話しはわたしにとって壮大すぎて声にならなかった。
「誰も割って入れない空気だったんだよね。その時に秘書?だったかな?旦那様に向かって失礼な!とかなんとか言ってて、」
「そうそう。財閥の息子がなんて口の聞き方を!みたいなね。だから知れたんだけど…。」
「よくよく空から話しを聞くと、妾の子だからって理由で家族と暮らしたこともないんだって。」
「え…。それって、」
「まあ家に隠匿された息子ってことだね。妾がいたなんて外聞が悪いし、叔父の家に引き取られて幼少期は過ごしたらしいけど大分歳だったからすぐ死に別れたって言ってたよ。」
つまり空さんは家庭も何も知らなくて、幼少期に知るはずの親の愛情や常識に一切触れて来なかったってこと?!!!
だからあんな非常識で何が悪いのかわからないって真顔をするの?!
思わぬ話しにわたしが呆気に取られていた時でした。
ドンドンとナツさんの部屋の扉を叩く音が響いてハッと我に返ったのです。
「もう〜!誰よ!女の一人暮らしの部屋叩く奴とか知り合いにいないんだけど?!」
警察呼ぶぞ!とナツさんがイラつきながら玄関まで行く姿に、大丈夫かな?とソワソワしていたら、
「な?!はあ?!ちょ…!あんた勝手に…!」
「ヒツジ!」
玄関からドンドン、ガチャガチャと色んな音が聞こえてきて、ナツさんの叫ぶ声もあったから何がどうなってるのかと思えば、
次の瞬間にはバタバタと足音がして空さんがわたしに抱きついてきたのです。
「え?えええっ?!何で空さんが?!」
「しんっじらんない!こいつ写メ見てすっ飛んできたんだって!」
普通来る?!とナツさんが後から戻ってきて文句を言うことに、アケビさんとナチさんはケラケラと笑っていた。
「マジかよお前。ヒツジが可愛すぎて飛んできたわけ?」
「ま、あたしらの手にかかれば朝飯前だけどね。」
ふふんと、ご機嫌に胸を張るお二人に空さんはひと言。
「めちゃくちゃ可愛い。よくやったビッチ三姉妹!」
「だからビッチじゃねえって言ってんだろうが!」
空さんはアケビさんに蹴られていましたが、わたしから離れることはなく、
「写真見たら本物みたくなってさ〜!抜けてきちゃった〜!」
「抜ける?何かしてたんですか?」
そういや放課後も来なかったし、何か用事があったのでは?とわたしが問いかけると、
「ああ、うん。大したことじゃないから。」
大したことだから来なかったのでは?と思ったのですが、恐らく家の事情だろうと先程教えてくれた彼女たちの話しを思い出すとそれ以上は突っ込めませんでした。
勿論、彼女たちもつつく気はないようで、
「てか女子の一人暮らしの部屋を叩いて一目さんに入ってくるとかお前は不審者代表かよ!」
「女子?女子ってヒツジ以外に誰かいる???」
「喧嘩売ってんなら買ってやるけど?」
はははっと声だけで笑うナツさんがボキッと手を鳴らすことにわたしはひええっと見ていたのです。
まあこれもいつもの光景らしく、どったんばったんやっていたら隣から「うるせえ!」と聞こえてきて終了しましたが…。
「ったく、これじゃあ女子会になんないじゃん。帰れよ空!」
「わかった。」
「へ?」
素直に頷いた空さんは何故かわたしを持ち上げて立つのです。
「おい?!ヒツジを持って帰ろうとするな?!当たり前のように玄関行くな?!」
「あんたマジで常識無さすぎだから?!ヒツジは女子会中なんだぞ!」
「そうだそうだ!迎えに来なかったらんだから今日のヒツジはあたしたちのもんでしょ!」
追いかけてくる彼女たちを見つつ、空さんを見上げると…
「俺だってこんな時間かかると思ってなかったっつーの。放課後までって言ったのに…。」
ぶつぶつとどこか冷めた眼差しで大人びた顔をしている空さん。
別に毎日迎えに来てくれなくてもわたしは平気なのですが、
空さんは離してくれる気もなさそうで、彼女たちがやんや言ってくることもフル無視でとっとと外に出ちゃうんです。
あとで彼女たちにはお礼と謝罪をしておかないといけませんね。
なんて考えながらもしばらく抱っこ状態で歩かれるわたし。
そう!抱っこされてるんです!
しかもお姫様抱っこ!
居心地悪いのです!
今更気づきましたがこんな状態で外を歩くとか恥ずかしくて死にそうです!
「あの、空さん。下ろしてくれませんか?自分で歩けるので。」
お願いします、と頼み込むと空さんはそう言えばと言いたげにわたしを見てから下ろしてくれました。
もう日も落ちていたので通行人はそこまで多くないものの、そういう問題じゃありませんからね!
地に足をつけられて安堵していれば、空さんの携帯が鳴っていた。
取らないのかと見つめていれば通話に出ることなく電源を落としていたのです。
「いいんですか?」
「うん、いい。」
はい、会話終了です。
お疲れ様でしたー!
じゃなくて!
多分お家の事情というやつのお電話では?
そうは思うがわたしは空さんから話してもらったわけじゃないので何も言えません。
知られたくないと言うのなら黙っておくことも大切でしょう。
「あー、ヒツジ不足で死ぬかと思った。」
そして空さんは携帯なんてさっさと仕舞って、わたしに再度抱きつきながら充電するみたいに動かないんです。
なんだかもう、ベタベタ触られるのも慣れてきましたよね…。
空さんの触りかたは特にいやらしさとかが無く、単純に擦り寄る猫みたいなものなので。
にゃんこだとおもうとよしよしと撫でてあげていたのです。
「よくわかりませんが…、お疲れ様でした。」
多分、これであってると思うんですけど…。
妙に疲れた顔でしたから。
そう思いながら声をかけて撫でていると、空さんは一度距離を置いてわたしを見下ろしてきて…
「空さん?どうかしましたか?」
「…ううん。俺が疲れてるのなんでわかったのかなって。」
不思議そうに見つめられると、こっちも不思議に思うのです。
だってどう見ても疲れた顔してたので。
なんでわからないと思うんでしょうか?
普段あれだけ絡まれていますので、顔色が変わればわかる程度にはなってますが???
「逆に、なんでわからないと思うんですか?」
「俺、顔に出ないってよく言われるから。」
「そんなことありませんよ。表情に出ていなくても顔色が悪かったりすると気づきますし。」
「……ヒツジは俺のことちゃんと見てくれてるってこと?」
「そう、ですね。まあ日頃からあれだけ絡まれたら嫌でもわかりますよ。」
多分、ウサギ先輩や彼女たちもそう。
わざわざ口にしないだけだと思います。
だって空さんが甘えてくるわけでも、慰めてほしいと寄ってくるわけでもないから。
わたしにはそれをしてくれるようなので、口にしたと言うだけのこと。
「空さんは、空さんが思ってるよりちゃんとみんな見てくれてますよ。」
どんなに常識がなくて、デリカシーもなくて、空気も読めないとしても。
空さんが悪い人じゃないってことをみんな知ってるから付き合ってくれてるんです。
わたしもそうですからね。
「だから疲れて甘えたい時はみんな聞いてくれますよ。わたしだけじゃありません。」
甘いものでも食べますか?とお菓子を出してあげると、空さんは素直に口を空けていた。
最早、わたしが入れてあげないと食べない体勢が整ってしまっています。
いや、いいんですけどね。
今更なので。
そう思ってチョコレートを入れてあげると、空さんはもごもごしながらわたしの手を掴んできました。
「帰ろ。」
そのひと言にわたしも歩き出したのです。
空さんは変な人ですけど、
「ちょっとくらい周りに頼ってくださいね。」
「………うん。」
わからずやではありません。
教えたら吸収は早いし、ちゃんと考えられる人ですから。
「明日休みだよねヒツジ。」
「はい。」
なので女子会してお泊まり会だったんですけどね。
荷物、全部置きっぱなしで連れてこられたので後から謝らないと。
お泊まり会、楽しみにしてたんですけどね…。
しくしくと心の中で泣いていると、
「俺の家来ない?」
「は、い?」
「勿論、変なことはしない!ぜったい!」
あ!と思い出したのは今日わたしが叱った内容でしょうか?
「ただ!もうちょっと…。その、一緒にいたくて!」
ダメ?と回り込んでわたしを覗き込む空さん。
下心が一切ないとは言いませんが、その理由が全くの嘘とも思えない。
だって嘘つかないって約束しましたからね。
それに、さっきからぎゅっと手を繋ぐ力を強めていて、
帰るにしろあんまり帰りたくなさそうな横顔だったのも確認済みです。
人の顔色伺うのはいじめられっ子のプロには得意分野ですので。
ふうむ、と考えるわたしに空さんは思いつくがまま色々と声をかけてきた。
「ごはんは俺が作るから!ヒツジはいてくれるだでいいから!嫌がることもしない!嫌なことあったら教えて!直すから!」
必死な姿で口説こうとする空さん。
まるで子供のようです。
でもこういう子供みたいな姿を見れたのはちょっと安心しました。
屋上で会った後から空さんは顔つき変わってたので。
いつも見ているからこそ、いつも通りじゃないと気になるものですしね。
そこまで考えると、
「じゃあわたしの家に来ませんか?」
「え…。」
「わたしの家の方がここから近いですし、空さんの部屋は広すぎてちょっと落ち着かないので。」
あと前科ある上にいい思い出もないので!
それに、お願いすることがただ居てくれるだけでいいなんて…。
そんなことを聞いてしまうと、無碍に出来ないじゃないですか。
そばにいて欲しいと、そう言われているわけですからね。
「いいの?!ほんとに?!」
「はい。あ、でも今日お泊まりの予定だったので食材何も買い込んでないんですよね。」
「じゃあ今から買いに行こ。」
「そうですね。」
手を繋いだまま、ただスーパーに寄るだけのことではしゃいでいる空さんを見ると、幼少期はどんなに寂しかったんだろうと考えてしまいました。
わたしの両親は普通に共働きで帰りも遅い時はありましたが、休みの日はうんと遊んでくれた。
自己主張ができないわたしを咎めたりもしなかった。
いじめられて帰ってくると話しを聞いてくれた。
うまくみんなに馴染めないこと。
わたしが得意じゃないので悪いんだって言ってよく困らせてしまったものです。
それでも両親は優しい人と出会えたらいいねと言ってくれる人たちでした。
先生に言いがかりつけたり、いじめっ子の両親に抗議しようとはしなかった。
わたしがやめてくれと頼んだから。
同じ一人ぼっちでも、わたしには信頼できる両親がいた。
空さんはどうだろう?
なんて考えてしまうのは、寂しいことが痛いことだと知ってるからでしょうか。
同情したくはないので、言いませんが…。
空さんにとって居心地のいい所があればいいなと、そう思ったのです。
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