もしも黒猫様が悪女に転生したら5
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「おや?今日のお相手は可愛い紳士様か。」
仮面をつけた男が僕の目の前に座り、クスクスと笑ってくることに僕はうんざりしていた。
ジーナが部屋に入ってくるなり、陛下の許可をもらってきたと言うのだ。
勿論、賭博の話しを僕の一言一句間違わずに伝えてきたと言う。
余計なことしやがって!
そのせいで僕は男物の正装で身を固められ、セルナンド卿と一緒に街に出ることになった。
今回の賭博場はここだと案内され、今世間を賑わせているイカサマ野郎に勝つ見込みのある人材を誰もが探していた中、
僕が抜擢されて座ると、あんなやつで大丈夫か?とコソコソ話しが聞こえてくる中でのゲームだ。
まったく、引きこもり生活を満喫していたと言うのになんでこうなるんだ。
もうジーナに余計なことを言うのはやめよう。
そんな決心すらしながらカードを切る相手を見て、早く終わらせて帰ろうと思うのだった。
この国の賭博は主にカードゲーム。
ルールは少し日本と違うこところもあるが基本的に同じ。
手札が相手より強けりゃ勝ちだ。
「可愛い紳士様、お名前を聞いても?」
「そんなこと必要なのか?それとも喋り倒してる間にイカサマするのかお前は?」
「イカサマなんてとんでもない。私は強運なだけですよ。現に証拠もないでしょう?」
仮面の奥の笑顔がどうなってるのかわからないが、取り敢えず「あ、そう。」と答えるのみ。
たしかにイカサマしている様子はない。
それでも勝ち続けるなら強運だとしか言いようがない。
でもその運を操れるなら?
話は違ってくる。
「賭け金はどうしますか?」
「皇宮の今年の予算全額で。」
僕が即答すると周りは勿論目の前の男も固まっていた。
セルナンド卿なんて顔が真っ青である。
でもこれくらい賭けないと国の予算回復は見込めない。
この男は現在までにどれだけの貴族を破産させていると思う?
国の予算で計算するならほぼ5割くらいまできてるはずだ。
取り戻すなら全額かけて倍で取り返すほうが手っ取り早い。
真顔でいる僕に、相手も冷や汗を流しながら口を開いてきた。
「まさか、国の予算を君が自由にできるとでも?」
「いいや、勝手にしてる。」
「な…!負けたらどうする…っ」
「そんなのお前に関係あるのか?」
「…っ。」
反応を見ている限り、新聞で読むのとは違って情報量がかなりあるな。
ふむ、と僕は観察しながらゆるりと笑ってやる。
「お前にとっても好都合なんじゃないか?僕をここで負かしたら、国の予算は全てお前の懐に入る。つまり、国を人質にとれるってことだぞ?」
「…!」
「そこまでしないと手に入らないものがあるんだろう?目的のために動揺してどうするんだ?それとも怖気付いたか?」
「何を根拠にそんなことを…。」
「僕もひとつ面白いことを教えてやろう。お前がただの強運で負けなしだと言うのなら、僕は相手の嘘が全部わかる。」
「は…?」
ポカンとする相手を前にカードが配られていく中、
「試してやろうか?」
僕は一枚のカードを自分に見えないように相手にのみ見せてやった。
「ほら、僕に教えてくれ。このカードはなんだった?」
「………スペードの2」
「嘘だな。」
「クローバーの5」
「それも違う。」
「ハートの…キング」
「それが正解のようだ。」
ピラっとめくって見ると、やっぱり正解である。
そのことに周りの方がざわついており、どんなトリックなんだと話し合っていた。
「どうやって…」
「言ったろう?嘘を見抜けるって。」
別に魔法でもなんでもない。
相手の仕草や声のトーン、視線の動かし方や瞳孔の開き方を観察すればこいつが嘘をつく時のクセがわかるってだけだ。
「さて、お前はいくら賭けてくれるんだ?荒稼ぎした全財産くらい賭けてくれないと割りに合わないんだが?」
「…………はははっ。いいだろう。乗った。後悔してももう遅いぞ。お前は国を破滅に追いやる最後の勝負相手だ。」
そんな言葉から始まったゲームは、なぜか周りの方が緊張していた。
僕が負けたら国は終わりだと、そのプレッシャーをなぜかプレイしてない観衆が受けていたのだ。
馬鹿馬鹿しい。
セルナンド卿は最早卒倒寸前だったしな。
まあそれでもゲームが進んでいくと別の意味でざわめきが溢れ出した。
「ロイヤルストレートフラッシュ。」
「僕もだ。」
これで何回目だ?!とみんなが口々に言う。
そう、勝負を始めてもう幾度となくこの繰り返しなのだ。
勝敗がつくどころか、お互いが最高の手持ちで引き分けになるから勝ち負けが決まらない。
相手の男は最初こそ偶然だろうと、カードを切り直してもう一度、ということを繰り返していたが…。
流石にそれが5回、10回、15回、と重なっていくと周りは愚か、仮面をつけた奴も震え出していた。
「どんなイカサマをしてるんだい?」
「イカサマ?証拠なんてあるのか?」
目の前でプレイしていて、これだけの観客がいるのに?と僕が聞き返すと相手は黙り込んでいた。
いつもなら同じことを聞かれてケロリと返していた奴が逆のことしてるなんて笑える。
そして20回、25回、30回とお互いにロイヤルストレートフラッシュばかり出してい他のだが…
「ロイヤルストレートフラッシュ。」
「……っ」
「どうした?出さないのか?」
どうせまた同じだろう?と言ってやると、仮面野郎はバンッと手札を机に叩きつけて立ち上がったのだ。
「なにをした?!どうして…!」
机に叩きつけられた手札はロイヤルストレートフラッシュどころか、雑魚カードの集まりだったのだ。
ようやくボロが出たなと思いつつ、周りは大歓声をあげている中、プレイしていた相手が一番哀れな状況である。
僕を睨みつけながらどんな手を使ったんだと喚いてくるのだから。
「単純なことだ。僕がお前より強運だった。それだけだろう?」
にっこりと笑ってやると「ふざけるな!」と言いながら僕の首に手をかけてきた。
その瞬間セルナンド卿が動こうとしていたが片手を上げて静止させ、
「もう一度だ!もう一度勝負しろ!」
「構わないぞ。」
またカードを切り出した相手は今度こそ、とでも言いたげにもう一度ゲームを再開したものの。
またもや、
「ロイヤルストレートフラッシュ!!」
「僕もだ。」
同じことが繰り返されたのだ。
驚きを隠せない仮面野郎との勝負は、5回ほど引き分けが続いたが6回目で僕がまた勝った。
「どうなってるんだ!確かにお前の運を奪ったはずなのに…っ。」
その発言は証言とも証拠とも言える一番聞きたかったことだった。
この観衆たちをそのままにしたのも、みんなに聞いてもらうためだ。
録音できる機械とかこの世界にはないからな。
「運を奪った、か。なるほど。それで強運だと言ってたんだな。」
「……っどんなトリックを使ったんだよ!運が無い状態で勝てるわけないのに…!」
「はあ?イカサマしたに決まってんだろうが。」
「…っはあ?!!!」
こいつは賢いと思っていたがそうでもないな。
「元より僕はイカサマすること前提で勝負しにきたんだ。運とか全く関係ない。勝って当然の勝負だったのさ。」
「な…!卑怯な…!」
「どの口が言ってるんだか。卑怯なのはお互い様だろう?他人の運を奪ってから勝負しにきてたお前だって十分卑怯じゃないか。」
「…っ。」
そりゃあなんの証拠も出ないはずだ。
「なんで俺が運を奪えると分かったんだ?」
「奪えるかもって推測はしてた。魔法の可能性を考えれば特殊な使い方をするやつだっているかもしれない。」
「それだけで?」
「確信したのはついさっきだぞ?僕にわざわざ怒ったように見せて触れてきただろう?運を奪うためには肌に触れなきゃならないみたいだな?」
「…っ!」
「ひとりあたり5回分の勝負運になるようだから、今回は6人か7人分の運を溜め込んできたわけだ?」
普通にイカサマしてくれるよりよっぽど面白いイカサマ方法だったな。
前世では考えられない手法だ。
色んな書物を読んだ中に、固有魔法を稀に使える人間もいると記載されていたからもしかしてとは思ったけど。
「他人の運を盗める固有魔法ってところかな?」
「なんなんだお前?!何者なんだよ?!」
動揺しているあたり、図星だろうな。
うむ、このくらいすれば証言も取れたし、本人も認めているし、逮捕できるだろう。
振り返ってとっとと捕まえろ、とセルナンド卿にジェスチャーで訴えるとハッとして取り押さえてくれた。
「じゃあ帰るか。」
よいしょと立ち上がると観衆たちが僕を英雄のように見つめてきて、ワーワー言っていたが、
こんなことでいちいち騒がれてもイカサマしただけだからなんにも誇らしくないわ。
だからそそくさと賭博場から出て、セルナンド卿が用意してくれたらしい馬車に乗り込んで帰ったのだった。
*****
「お見事でした、べレロフォン嬢。まさか固有魔法だったとは…。」
「まさかも何も、可能性は十分にあっただろう?」
部屋に辿り着けば、逮捕した奴を衛兵に引き渡して報告しに行っていたセルナンド卿が後からやってきたのだ。
僕は華美な服を全部脱ぎ払って風呂に入った後だった。
わしゃわしゃと自分でタオルドライしながら言えば、セルナンド卿は視線を彷徨わせているではないか。
「で、ですが誰も見破れませんでしたし…っ。」
「見破れない馬鹿は搾取されて終わってたからな。やれやれ、とんだ仕事をさせられたもんだ。よく僕の外出を認めてくれたな。」
「それは…、ジーナが一言一句違わずべレロフォン嬢の発言を伝え、勝つ自信まであることを力説していましたので…。」
「それだけで普通信じるか?」
「まあ元々、あいつに勝てる見込みのある人材は探していたんですが候補者は全滅していたので。」
「なるほどな。藁にもすがる決断だったと。」
「はい。」
タオルドライを済ませてしまえば僕はベットに寝転がっていた。
はあー、しんど。
こんなことする予定じゃなかったから疲れた。
「それより報告はもういいのか?諸々の処理はなかなか時間を食うんじゃないか?」
「一応軽く説明はしましたが、皇帝陛下並びに騎士団長や参謀までもが愕然としておりまして…。」
「なにに?」
「べレロフォン嬢の今回のやり方に、です。」
私も卒倒しかけましたから、と付け足されることにそんなにか?と思ってしまう。
「あの程度で大袈裟な奴らだ。」
「国家予算全てを賭けるなど普通しません!」
「取られた金を取り返すにはあれが一番手っ取り早いじゃないか。」
「ですが負ける可能性も…!」
「負ける可能性?そんなものはない。イカサマすること前提の勝負だったと言っただろう?」
「それでもです!イカサマがバレたら?!あれは心臓に悪すぎます!」
「バレるようなイカサマしてどうすんだよ。」
むしろそんなことだったらしないっつーの。
「兎に角、報告しようにも思考停止と驚愕な内容のため、皆様ご自分の中で処理できなくなっておられます。」
「国のトップがそれでいいのか?」
「国のトップをそうしてしまったべレロフォン嬢がおかしいんです!」
セルナンド卿がここまで声を荒げてくるとは…。
そこまでしたつもりはないんだがな。
ふうむ、と寝転がりながら視線をやればセルナンド卿は全く…と呟いていた。
「ま、国の予算は取り戻せたんだからいいじゃないか。」
そう怒るなよ、と言うとセルナンド卿は大きなため息をついていた。
「本当に、変わった人ですね。噂が嘘のようだ。」
「悪女だって15年もしたら飽きるだろ。」
「そんな理由で…。」
マジかお前、と言いたげな顔のセルナンド卿。
どんな理由なら納得するのか聞いてみたいものだな。
大概、変わる理由なんてそんなもんだろうに。
物語みたいに暗くて重い理由なんて聞いててしんどいだけだろう?
「それにしても、あの男の目的は一体なんだったんでしょうね。」
パタパタと足を動かしながらあくびをこぼしていた僕に、べレロフォン卿は掛け布団をかけてくれた。
「目的ならこれから尋問して聞くんだろう?」
「まあそうなんですが…。べレロフォン嬢なら見抜いてそうな気がしまして。」
ジッと見つめられると僕はフンと鼻で笑ってやった。
「見抜いていたとして、それを話す必要があるか?僕の仕事はあいつを捕まえること。そうだろう?」
「…………そうですね。」
この先は適任者がきちんと処理するべきだ。
僕の笑みに何が言いたげなセルナンド卿もそこら辺は弁えているらしい。
「お疲れでしょうから、もうお休みください。」
今日の一件を見たからなのかどうかはわからないが、べレロフォン卿がなんとなく砕けた感じがする。
今後はもう少し話し相手になってくれるかもな。
なんて思いつつも、
「うん、おやすみ。」
僕は布団にくるまりながら、眠りに落ちたのだった。
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