もしも黒猫様が悪女に転生したら1

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「これは一体どういうことだーーーーーーっっっ!!!!!」

叫び声が屋敷中に轟いたその日、僕は信じられない状況と事実に困惑していた。

だって目が覚めたら別人なのだから。

僕の前世はめちゃくちゃな人生だった。

それだけは言える。
だけどそれなりに幸せだった。

でもだからってこれはどういうことだ?!

思わず部屋の鏡で再度自分の姿を確認する。

ウェーブの強い黒髪は長く艶やかであり、紫色の瞳は宝石みたいだとは思うが前世じゃあり得ない色。

なにがびっくりってこの容姿。
前世で読んだ小説とそっくりなこと。

なんてタイトルだったっけ?
たしか双子の姉である椿が面白いから読んでみてと押し付けてきた小説だ。

ラブファンタジーというやつで、貴族社会の世界観をモデルにした陳腐な話だったはず。

僕にはさっぱり面白さがわからなかったから一度読んで終わった。

それでも記憶力がいいから今回は助かったともいうべきか?

確かこの容姿に、アーティス・べレロフォンという名前。

完全なる悪役令嬢だったはず!

「嘘だろ。僕は前世でどんな死に方したんだ?!」

これって転生ってやつだよな?と頭を抱えていれば、メイドたちが慌てて部屋に入ってきて「お嬢様!何事ですか?!」と寄ってくるではないか。

お嬢様とか呼ぶな?!
泣きたくなるわ?!!!

そんな思いだったが頭の整理をする方が先だったため、

「なんでもない。大きな声を出してすまなかった。」

だから出て行ってくれと安易に伝えてフラフラとベットに座り込む僕に、メイドたち数人がギョッとしていた。

うん?と首を傾げると、

「お嬢様が謝った…!」

そこか?!
そこからなのか?!

メイドが感動したようにうるうるしてくるので頭が痛くなる。

たしか、原作のアーティスはわがままお嬢様だったっけ?

えーっと…。

内容があまりにもくだらなさすぎて、記憶から引っ張るのに時間がかかる。

取り敢えずアーティスは確か、気に入らないと癇癪を起こすし、メイドへの当たりも強かったと書かれていたはず。

だからこの感動の固まりなのか、と思うと先が思いやられて仕方ない。

兎に角、

「えーっと…、これまでのことは本当にすまなかった。謝るよ。感情的になって八つ当たりするなんてガキじゃあるまいし…。」

メイドに対して静かに謝罪することから始まる人生ってなんなんだろうか?

だが、現在のアーティスの身体は15歳。
つまり、原作が始まる一年前ってことか。

アーティスの記憶もそれとなく思い出しており、僕がしたことじゃないのに謝らなければならないなんて屈辱的すぎた。

でも今は、ここで生きるために色々と改善することが多い。

「そんな…!お嬢様がようやく淑女に…!」
「こんなに嬉しいことはありません!」

そんなキラッキラした眼差しで見ないで欲しい。

こちとら淑女など目指してはいないのだから。

「旦那様にご報告しましょう!きっと喜びます!」

どんだけはた迷惑なガキだったんだよアーティス!!!

メイドがルンルンしながら出ていく背中を見送りつつ、僕はベットに座ったまま考え耽っていた。

アーティスは悪役令嬢だ。
けれど悪役令嬢でありながらも皇族の継承権も持っているという設定だった。

何故ならアーティスは皇族の血を引いている証として、紫色の宝石眼を持っていたから。

この国での皇族というのは皇族同士で生まれるものではなく、平民や貴族など関係なく、

宝石眼を持って生まれたものが皇族と決められている。

簡単な理由は魔法が当たり前にある国だからだ。

宝石眼は単純に魔力の強いものに現れる瞳でもあり、かつて国を収めた初代皇帝陛下が宝石眼であったことから歴史が始まったとされる。

だからアーティスもその中の一人に入っており、

出生順となるとアーティスが第一継承権を持つのだ。

生まれは公爵の家で、貴族としてのマナーを一から学ぶいつようもなく、

アーティス自身も国の一番偉い人になることを疑わず育ってきた。

まあだからこそ大切に育てられすぎてわがままと悪意の塊になったという設定だったが。

「やばい!皇帝陛下とかマジで無理!」

そんなものになる気はさらさらない。

それにアーティスはどのみち皇帝陛下にはなれない。

第二継承権を持つ皇太子のせいで牢獄送りにされるからだ。

その第二継承権をもつ皇太子はこの国の城で生まれた生粋の皇族だ。

宝石眼も持っており、現皇帝陛下の実の息子という事でアーティスは目の敵でもある。

もとより悪女として名高いことは貴族社会には広く知れ渡っているため、誰もがアーティスを悪くいう。

両親すらも成人したアーティスとの縁を切るほどなのだ。

けれどアーティスはただただ冷酷に静かに、ヒロインをどん底に突き落としながら悪女の権化とも言える魔力で悪役を貫き通していた。

まあそこだけは中々面白いと思えた部分だったなと記憶を取り戻しながらぼんやりとしてしまう。

アーティスにとって周りは全員敵だったが、それらに屈する事なく頭もよかったため、中々対峙することが叶わない奴だったのだ。

まあそれでこそ物語は面白くなるとも言えるのだろう。

陳腐ではあったし、悪役するならもう少しやり方があるだろうがと思ったりもしたが、

そのアーティスに生まれ変わった僕が悪役を成り代わってやるのは至極簡単なこと。

でも皇帝陛下にはなりたくない。
表舞台はゴメン被る。

そういうのはいつも双子の姉である椿にさせていたし、僕はやっぱり裏で糸を引く方が向いている。

そうとなれば僕がやるべきことは継承権の返上だな。

16歳になれば皇宮に入り、そこで皇族として生活しなければならないのだ。

メインキャラたちもそこに集まるし、物語の中にわじわざ飛び込んでやる理由もない。

…が、このまま継承権を返上したところで公爵家の娘なのだ。

政略結婚はさせられてしまいそうだな。

継承権の破棄を進めつつ、皇宮で補佐官程度に収まるか?

いや、自由の効かない仕事ばかりの生活も嫌だな。

だとすると魔法は得意な身体だから冒険者とか?

うーん…。

「やりたい事が特にないな…。」

皇帝陛下にだけはなりたくない。

それだけはハッキリしているのだが、それ以外なにかしたいと思える事がない。

ここには僕が気を許していた前世の人間がいないのだから。

ていうか…、

「僕の潔癖症って治ってるんだろうか?」

前世では重度の潔癖症でかなり苦労した。

混乱していてそんなことどうでもよくベットに寝そべってしまったが…。

ふとそんな考えを巡らせていれば新しい記憶を思い出す。

「そういえばアーティスって…」

身体が弱く、病気になりがちという設定もあったような?と手探りの記憶が浮かんだのだ。

ヒロインの設定に組み込むべきだろう、か弱さを入れなければ彼女を打ち倒す方法が無かったとも思えるような設定である。

確か殺される時も知恵や魔力では勝てず、結局病に倒れたところを狙っていたような?

まあどうでもいいか。
別に敵対する気ないしな。

なんて思っていればメイドが再び入ってきて、公爵…つまりアーティスの父が夕飯に僕を招待したいとのこと。

もちろん行くと返事をすれば、あれやあれやといううちに準備させられた。

あれだ。着替えである。

本当に貴族ってもんは着替えまでメイドにしてもらうのか…。

思わず自分でできる!と言ってしまったが、メイドたちはキョトン顔。

それもそのはず。
この世界での正装はドレスだ。

クローゼットの中を見た僕でもこれは一人じゃ着替えられないと思い知った。

だから手伝ってもらいながら、髪を結ってもらうまでを我慢して行ったのである。

前世では男みたいな格好をして女らしさなんて追求した事がないのですごく変な感じがする。

それでも潔癖症による他人に触れられることへの嫌悪感が今のところない。

アーティスが心を許した相手だからなのか、単純に潔癖症が治っているからなのかがわからないな。

なんて思いながら夕飯の席に座ると、アーティスの父が話しかけてきた。

「メイドに聞いたぞ。自分を見直したそうだな?」

その一言から始まる夕食に僕は顔が引き攣りそうになった。

問題児ではあったが、頭は切れる悪女だったので手のつけようが無かったのもわかるんだけどな。

「今まですみませんでした。」

だから下手に言い訳もせず謝ると父までもが感動の表情で見つめてくるではないか。

アーティスははた迷惑な悪役すぎるんだよ。

悪役ならもっと賢く立ち振る舞えよな。

頭いいのに頭の良さの使い所をこいつはとても間違っていた。

「皇族になって成人も済ませたら家族の縁も切らねばならないと思っていたぞ。本当によかった。甘やかしすぎて育ててしまったせいか、お前は人の話も聞こうとしなかったし。」

グスンと涙ぐむ父と、その周りで待機していたメイドや執事までもがうんうんと頷いている。

そりゃそうだよな。
魔法でも叶わない。下手に知恵も回るから悪賢く小賢しい女だったもんな。

本当に先が思いやられる身体に入ってしまったもんだ。

「それより公爵。継承権についてだが、返上したいと考えている。」
「え?!」

ギョッと驚くタイミングはこの場の全員、ぴったり同じだった。

事前にあわせたのか?と思うほどに。

それでもアーティスの権力主義を考えると驚かれるのも無理はない。

彼女は確か、身分や階級などによって態度を変えるっていうか自分より偉い奴なんて存在しないって態度だったからな。

だって継承権第一位だし。

「ど、どうしたんだ?!お前は皇帝になるとあれほど意気込んでいたのに…!」
「興味がなくなった。」
「そんな理由?!」
「でも政略結婚はしたくない。」
「わがままはまだ残ってるんだな!」

いや、それくらいは可愛いが!と公爵が驚きながらも目をなんども瞬いてくる。(メイドと執事も同じ行動をしている)

「じゃあなにがしたいんだい?公爵の跡でも継ぐかい?」

一人娘だからなのか、どんなに悪名を広めていても話しを聞いてくれる親というものには慣れないな。

前世の親は酷かったしな。
あんなのは親じゃないけど…。

そして公爵の跡取りという線があったことを見落としていた僕はハッとした。

確かアーティスの家は商談を多く持っており、貿易はもちろん、魔法道具の売買なんかもしていたっけ?

だからアーティスは悪役として稀なアーティファクトとかもバンバン使ってたな。

お金にも困ってなかったし。

縁は切っても親のコネは使いたい放題だった。

「ふむ…。仕事場を見せてもらっても?」
「もちろん。経営に興味があるのなら一緒にやってみるかい?」

公爵は物珍しそうに僕を見てきたが、けれど嬉しいのも顔をに出ていた。

そうして夕飯だが、潔癖症だし食べられないかな?とか思ったけど、

食器もスプーンもピッカピカで、誰が触ったかわからない!と嫌悪する前に全部新品か?と思うくらい手入れが行き届いていたため、

美味しく食べさせてもらった。

前世の潔癖症は全くないとは言い切れないが、前世より軽症化してるのかもしれない。

それとも行き届いた掃除や綺麗な食器に嫌悪感を感じないのか…。

うん、まだよくわからないな。

そのまま公爵の書斎に行き、商談のリストや取り扱っている品など。

仕事内容についての書類を見せてもらいながら説明を受けた。

内容は簡単だ。
売り買いだからな。

需要と供給を担う仕事だから、利益だって申し分ない。

商品を見ていて気づいたことといえば、

「娯楽品ってこれだけなのか?」
「ん?ああ、そんなもんだろう?」

驚くことじゃないと言われるが、びっくりだっつーの!

てかチェスすらないのか?!
嘘だろ?!僕の一人遊びのおもちゃがなにひとつこの世界にはないのか?!

ガーンと音を立てた頭の中で、僕は公爵にチェスを作って欲しいと頼んでいた。

設計図を書き、どんな遊びかを教えて、平民から貴族まで大人も子供も遊べるものだと力説したのである。

「そ、そんなに言うなら…っ。」

興味を持ってくれたと言うより僕の熱意に公爵はどうどうと宥めてくれて試作品をいくつも見せてくれるようになったのだ。

売れるかどうかじゃなく、僕が遊びたいから作ってもらったにすぎなかったチェスは、

数ヶ月後、莫大な人気を誇って金に変わったみたいで、

公爵は大はしゃぎだった。

僕は自分の部屋でひとりチェスができる楽しみに満足していたので特にそこまで考えてはいなかったが、

「アーティス。欲しいものとかないかい?なんでもプレゼントしよう。今じゃチェスは国民的な商品になっている。すごくありがたいことだ。」

公爵の僕への態度は特別変わりはなかったが、警戒していたメイドたち含めて僕への偏見が消えたように思う。

「じゃあ、髪を切りたい。」
「え、」
「それからドレスなんて着たくない。」
「ちょ…、」
「あとヒールも嫌だ。」
「全部却下で!!!」

欲しいものはないかと言われたから今の要望を伝えたのに、却下するなら聞くなよ。

ムッとして膨れると、公爵は

「貴族として、まだ継承権のある皇族候補でもあるのにそんなことは許されない!」
「じゃあ貴族も皇族もやめる。」
「簡単に言うんじゃない!どうしたんだい?!いつもなら宝石にドレス、髪飾りに靴も大好きだったじゃないか!」
「飽きた。」
「そんな理由?!」

まあ実際は飽きたというより僕にとっては女らしさなんて追求したくないものだからな。

まあだからって、公爵の言い分もわかる。

僕にはアーティスの記憶もちゃんとあるし。

この世界での社会的ルールは前世と違って女は髪を伸ばすのが当たり前だし、ヘアースタイルとして切ったりする風習もない。

動きにくいドレスに金を費やして礼儀作法にマナー、言葉遣いなどを教育され、

遊戯の品が少ない変わりのように夜会やらパーティーやらに力を注ぐ。

とてつもなく理解できない世界だ。

「じゃあとりあえず、継承権だけでも先に返上してくる。」

数ヶ月ここで暮らしてみたが、貴族のお堅いルールは嫌いだけど裕福な家庭である分引きこもり生活がすこぶる満喫できることを知った。

つまり、皇族なんてゴメン被るが爵位まで捨てることはないかもしれない。

僕は単純に部屋でゴロゴロしていたいだけだし、強要されることも嫌いだ。

つまり今回のチェスのように、アイデアを渡して金儲けさせてやりつつ、

僕は表に出ることなくのんびりしたいのだ。

そのために公爵はとてつもなく利用できるが、もっと他にいい手がある気もする。

だって公爵も歳をとるわけだから、公爵を利用するにも限界は来る。

つまり自分と年代が同じくらいの奴で、民衆の心を掴めるような…。

そう。前世で言うところの僕の双子の姉。
椿のような表向きのカリスマ性があるやつを探してパートナーになれたら最高なのだが。

まあいかんせんそんな人材が早々見つかるわけもない。

これはあわよくばの理想だ。
現実的に考えると今は公爵の影に隠れて金儲けさせてやるくらいが丁度いいだろう。

そんなことを考えていれば、

「そうか。じゃあ馬車の用意をしよう。陛下には私から連絡しておくよ。」
「わかった。じゃあ明日行く。」
「明日?!」

早すぎだろ?!と言いたいのだろうか?
けれど僕からしたら遅すぎる。

チェスの試作品をチェックしながら部屋で引きこもってたからな。

本当ならすぐにでも行くべきだったし。

「明日だ。」
「わかったわかった。まあなんにせよ、娘が16で親元を離れるというのも寂しいものがあったしな。悪名ばっかり広げていたお前がこうして家にいてくれて話しをしてくれるのは私も嬉しいよ。」

公爵は微笑みながら僕の頭をポンポンと撫でてくれた。

嫌な気はしない。
むしろあったかくってなんとなくホワホワした。

親ってこんな感じなのかと少し感動もした。

アーティスは親に縁を切られたところで何食わぬ顔だった女だ。

それもそのはず。
容姿はそっくりでも公爵は子供ができなかったのだ。

つまりアーティスは見た目の色だけは公爵と同じでも孤児だった。

宝石眼だったのに、誰から生まれたのかすらわからない女だったのだ。

公爵には5歳の時に道端で拾われて育てられたものの、

5歳までの間、大人という汚い人間たちの闇を知って育っていたからか、

公爵の純粋な愛情すら信じることなく育ち、好き勝手して、悪名を轟かせ、皇帝の座に座ったら何もかも思い通りにしてやると意気込んでいた悪女だ。

くっだらなさすぎてあくびが出る理由だ。

それでも彼女は育ててくれた母が亡くなっても涙ひとつ流さず、公爵に離縁を突きつけられても笑うような女だった。

誰にも心を開かない氷のような女だと小説にはあったが、

それはつまり、公爵とも親しくしようとすらしてなかったってことになる。

「またなにかアイデアを思いついたら言っておくれ。お前は商才があるかもしれない。」

なんなら商売の方法も教えるよ、とにこやかに言われると僕はハッとして口を開いていたのだ。

「じゃあポテチが食べたい!」
「ポテチ?」

そう、この世界にはお菓子が少なすぎる!

ケーキにマカロン、クッキーなど手作りできる甘ったるい洋菓子はあるのに!

ポテチやチョコレートなど。
前世で当たり前に食べていた病みつきになるお菓子がない!

炭酸すらないからな!!!

だから僕はそれらの作り方を紙に書いて公爵に渡していた。

そしてその品々が歴史的大ヒットとなったのはいうまでもない。


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