もしも黒猫様が悪女に転生したら2

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翌日。
僕は昨日言った通り皇宮に来ていた。

勿論、継承権を返上する為だ。

でも…、

僕が歩くだけで周りはひそひそと小言を言い合い、軽蔑や恐れの眼差しを向けられる。

うん、前世と同じだな。

ただアーティスは目に見えすぎて色々やらかしていたし、それを誰にもなにも言わせない姑息な戦法でもあった。

僕ならもっと上手くやるけどなあと思いはするが、悪く言われることには特に何も感じない。

そのまま謁見室へとたどり着けば現皇帝陛下が玉座に座って警戒した顔で見下ろしてきた。

「公爵から聞いた。どうやら自分を見つめ直したらしいな?あの親バカの言い分は信用していないが…。」

ひどい言われようである。
まあ、こうなることもわかってたけどな。

だって現皇帝陛下もまた、アーティスを危険視していたひとりだ。

アーティスによって暗殺されかけたこともしばしば。

そりゃあ、信用なんてされるわけがない。

「信用を得にきたわけじゃない。」
「では、何の用で参った。」
「継承権を返上しにきた。」
「………………………なんの冗談だ。」

なるほど。そう返してくるか。

驚かれるかなと思っていたが、疑われている。

うーむ。
アーティスってそんなに警戒するほどの悪役だったっけ?

うろ覚えの記憶をどうにか引っ張り出して今に至るが、細かいことはやはり思い出せない。

取り敢えず、

「冗談じゃない。皇族になる気はないし、皇帝陛下にもなりたくない。」
「はっ。何を企んでいる?お前は皇帝の座に座るのを虎視眈々と狙い、私にすら手をかけようとした女だというのに。」
「証拠はあるのか?」
「………」

アーティスの褒めるべきところはここだろう。

証拠だけは一切残さず悪行を行うのだ。

まあそれも、大したことないけどな。

作者の無能さが窺える程度のものだ。

悪役だから何してもいいみたいな設定だったし。

それでも現皇帝陛下を暗殺しようなんて思いついて行動するものは限られる。

権力主義のアーティスほど容疑者として有力な候補もいないのもまた事実。

「それに、お前にとってもいい話しだろう?」
「お前だと?!無礼な!皇族侮辱罪に問われたいか?!」
「………」

あ、そっか。
この国では口調も咎められるのか。

面倒くさい。

「敬う相手は自分で決める。皇帝だからって誰からも敬われて当然だとでも?」
「礼儀作法をどこに捨ててきた?!お前は悪女ではあるが、そんな物言いはしなかったはずだ!」
「飽きたからやめた。」
「な…!はあ?!」

飽きたという言葉は便利だな。

アーティスならしないことの理由は飽きたといえば片付く。

それに悪役は民衆に知られるようでは悪役じゃない。

真の悪意は、誰も知らないところでひっそりと行われるべきだ。

「15年だ。15年も悪女をしてきたんだぞ?そりゃ飽きるだろ。」
「…っ何を言っている?!悪女に飽きただと?!今まで演じてきたとでもいうのか?!」

まあ僕からしたら僕の意思ではなくアーティスの意思で行われていたことだからな。

演じたんじゃなくて、アーティスを演じる気がないだけだ。

それは説明できないし、だからって演じてまで悪役してた理由を聞かれたらなんにもないしな…。

どうしたものか、と考えてから僕はこれにしようと口を開いていた。

「自分を見つめ直したと言って欲しいな。」

そう。公爵の言葉を借りたのだ。

「酷いことをしていた自覚はあるし、別に今でも騙された方が悪いとも思ってはいる。…が、」

悪役するにしてもここまで周知に知れ渡っていたらやりにくい。

悪意は決してお披露目するようなものじゃない。

僕は知っている。

悲劇というものを作り出すのに、表に出る必要はないことを。

そして悪意の使い方も。

だからこそ、

「わざわざ敵意を買ってまで皇帝陛下の座に座っても、誰もついてこない独裁者でしかないじゃないか。」
「当たり前だ!でもそれをお前は望んでいただろう?!」
「権力こそ力だと?そうだな。そうだったな。でも今は違う。」

御伽噺の悪役はみんなそうやっていうけど、実際は権力があろうが、恐怖政治を行おうが、誰にも慕われない悪党はいつだって殺されてきた。

悪意は欲望ではない。
欲望は悪意ではない。

それを知っていることと、知らないことでは何もかも違ってくる。

「僕は権力なんていらない。皇帝にもなりたくない。皇族にもなりたくないし、だからって善人ぶる気もない。」
「では何を企んでる!何が目的だ!」
「なにも。」
「…は?」
「お前に望むものは継承権の返上のみ。何にも縛られたくないだけだ。やりたいようにするっていう形を変えようと思って。」

ふっと笑うと、皇帝陛下は警戒を強めていた。

まあ、もとより信頼を得る為に来たわけじゃないし。

だからって皇帝陛下はアーティスを信じないにしても、国のトップに立ちたくないと言うアーティスの望みは何よりの朗報だろう。

だからこそ疑うのだ。

皇帝にとって有利なことを僕が言っているから。

だからこそ警戒するのだ。

その先に、どんな罠が仕掛けられているのかと。

まあ、そんなものなにもないけどな。

それでも悪女だと思い込んで軽蔑している人間の相手なんて容易いわ。

「お前の命なんて欲しくもないし、その座に興味も無くなった。もとより僕は身体も弱いしな。第二継承権を持つ皇太子に譲ると言ってるんだ。素直に受け取ればいいじゃないか。」
「そうはいかない。お前はそんなこと言わない!」

信用されていないにも程があるとは思うが、今は好都合だ。

「じゃあどうすれば信じてもらえるんだ?」

静かに問いかけると皇帝は考えるように黙り込んでいた。

つまり、何をどう言っても信じられないと言ってるようなものだ。

だから容易く仕掛けることができる。

「ではこうしよう。僕は今日から継承権を返上し、第二継承権を持つ皇太子が皇帝陛下の座に着くまでこの城で軟禁されてやる。」
「…………は?」
「勿論邪魔はしないし、暗殺も企てない。無事に継承権を得た皇太子が皇帝陛下の座に着くまで僕は何もしないと誓おう。」
「本気で言っているのか?!」
「ここまでしないと信じられないんだろう?」

むしろ信じてくれるならとっとと手続きを踏んで家に返して欲しいくらいだ。

それでも疑うことをやめられないなら、目に見えて確かなことをするしかない。

皇族になりたくないからこそ、皇宮で過ごしながら次の継承者がその玉座に座るまで。

「閉じ込めておけば安心だろう?目に届く範囲内だし、それでも疑わしいなら結界でもなんでも張ればいい。」

ここまで言えば皇帝陛下も言葉をなくしていた。

公爵には悪いがしばらく家に帰れないだろうな。

まあそれもアーティスの人格による償いだと思えばいいし、

なにより皇宮で引きこもり生活ができるなら申し分ない。

僕はただ、

「誰かのための皇帝になんかなるつもりはないし、なりたくもない。信じられないなら見張っておけばいいだろう?僕は何もしないし、何もしたくない。それを確かめるためにも、これが最善なのでは?」

好き勝手生きるという手段をアーティスのやりかたではなく僕のやりたい方向で叶えたいだけだ。

つまるところ、引きこもることになんの躊躇いはないし、

監視されたところで何かしようとも思ってないのでこう言えるのだ。

世界征服してやるみたいな悪女なんてダサすぎる。

僕は善人じゃないが、悪人でも自分の美学はあるのだ。

そしてアーティスのやり方は僕の美学に反する。

その信用を得たいとは思ってないが、疑われてる押し問答になるのもごめんだ。

だからこそ、自分の目で見て確かめろと突きつけたのだ。

これ以上の確かめ方はないだろうからな。

それでも何が言いたげな皇帝陛下の様子に、僕は一応持ってきた短刀を取り出した。

そのせいで何を勘違いしたのか騎士たちが腰の剣に手をかけ、皇帝陛下も軽く立ち上がりかけていたが、

僕はそのナイフで今の自分の長い髪をバッサリと切り落としてやったのだ。

「な……っ?!!!!」

この行動はこの場の全員から言葉も敵意も警戒心も奪っていた。

貴族社会で女が髪を切られるということは、後継者ではないと言われているも同然のこと。

公の場にそんな頭で出る恥を自ら買って出た僕の行動はつまり、

継承権は愚か、これからの女としての立場や権威すらも捨てたのと同じことなのだから。

「これでいいだろう。もう必要のない長い髪だ。ドレスも着ないし社交界にも出ない。最も相応しいと思われている継承者が皇帝の座に着くその日まで。どこにでも閉じ込めてくれ。」

次の皇帝さえ決まればアーティスが何をどう画策したところで、国で一番の権力は得られない。

殺して得たとしてもそれは正当性がない。

まあやり方はあるかもしれないが、僕はそんなことするつもりもないしな。

短刀と切った髪を捨てて、ドレスも早く脱ぎたいし部屋に連れて行ってくれないかなと思いながら皇帝を見つめると、

ここまでした僕に何故かふるふると震えながら、僕を連れて行くよう指示をしていた。

「女を捨てることがあったか?お前は悪女ではあるが、その美しさは公爵が甘やかしてしまうほどのものだったはず。」
「そんなものになんの価値がある。見た目なんてどうでもいい。もとより女らしさを極めるのも飽き飽きしてたからな。」

これは嘘だ。
アーティスと僕では性格が違いすぎるだけだ。

こちとら前世から女らしなんて捨ててるし、今更別の世界で女らしくしていろなんて言われても無理だ。

ラフな格好で手入れもクソもない短い髪がラクだしな。

そう思いながら指示されて来たメイドたちに部屋へと連れて行かれたのだった。

*****

「ふう…。」

案内された部屋は上等なものだった。
まあ城からは少し離れた場所で、人の出入りは少なそうだけど。

塔の最上階とかに閉じ込められないだけマシかな。

なんて思っていればメイドたちが僕の短くなった髪を見て、切り揃えますねと寄って来たのだ。

でも、

「触るな。」
「え、でも…」
「自分でできる。ハサミを貸してくれ。」
「は、はい。」

なんだろう?なんとなく嫌だった。

家のメイドたちはなんだかんだ言って僕の悪評よりも、僕を見て接してくれていたが、

ここのメイドは仕事を淡々とこなしているだけで、深く関わりたくないと顔に出ているのだ。

そんな奴に触られると思うとなんとなく嫌になって立ち上がり、鏡の前で自分の髪を切りそろえた。

うむ。黒髪は前世と同じだから髪型も同じにすると見慣れたものだな。

瞳の色だけは違うが、まあこれも見慣れてくるだろう。

あとは服だ。

ドレスをその場で全部脱ぎ捨てて行くと、メイドたちがギョッとしていた。

「あ、あの…っ。べレロフォン様?お召し物をどうするおつもりで…っ。」
「僕のサイズに合う男物の服を一式用意してくれ。」
「男物ですか?!」
「ああ。ドレスは着ないって言ったからな。」

下着姿で言えば、メイドはオロオロしていたがかしこまりましたと慌てて出て行った。

数分も待てば色々と用意して持って来てくれたが、どれもこれも華美な装飾ばっかり。

そのなかでもマシだったシンプルなパンツと白シャツだけを着ることにする。

勿論シャツをズボンに入れるなんてことはしないし、ボタンも襟首まで締めるなんてこともしない。

その姿にメイドたちは言葉をなくしていた。

本当にあの悪女なのかと言われているような目を向けられ、今の格好があまりにもだらしなさすぎると言われたものの。

「これでいいんだ。部屋で閉じこもるのに正装してどうする。誰に会うわけでもないのに。」

しっしっと手を振って、これ以上かまうなと示せばメイドは渋々出て行った。

「はあ。これでしばらくは金の心配もせずひとりで引きこもれるな。」

チェスは公爵に手紙を書いて送ってもらおう。

本はメイドに言えば持って来てくれるだろうし。

あとは魔法が使える国だったよな。
僕も試してみるとするか。

これからやりたいことを頭で弾き出しながら、疲れた身体をベットに投げ捨ててぼーっとしていると…。

そのまま眠りこけてしまったのだった。

*****

その頃の皇帝陛下はアーティスにつけたメイドたちから報告を受けて驚きに声をあげていた。

「なんだと?!男物の服を着ただと?!」
「は、はいっ。しかも華美な装飾は嫌って着心地の良いものでまとめておりました。だらしがないとも言える格好です。」
「そんなバカな!」

ドレスは着ないと言っていたが本当にするとは。

しかも髪まで切って、いったいどう言うつもりなのか。

たしかに彼女の提示して来たことは皇帝陛下並びに国民にとってもかなりいい話しだった。

このままでは独裁者が国を収めることになりかねなかったからありがたくもある。

…が、だからこそそこまで虎視眈々と狙っていたものをあっさり手放すとは思えないのだ。

それでもすでに社交界どころか皇帝の座につける姿すら切り捨ててしまった彼女には到底手に届かないものにもなってしまった。

「まさか、本当に皇帝の座に興味がないとでも…?」

一連のことはあまりにも衝撃的で、けれどゆっくりと落ち着いて整理して行くとすでにアーティスは継承権どころか貴族として淑女の姿すら放棄している。

見張る必要すらあんな姿になったアーティスには無いかもしれない。

それでも情けをかけたら噛みつかれる恐れもまだ拭えないのも事実だ。

「………っ自由騎士を呼べ!」

皇帝陛下は考えた末にそう指示していた。

自由騎士とは国境など関係なく己の力量のみで騎士として認められたものに与えられる称号だ。

ただし、ニ年だけは皇宮で騎士団に入ることを義務付けられる。

そしてこの世界でたった一人の自由騎士が現在、この国の皇宮にいるのだ。

「お呼びでしょうか、陛下。」
「アーティスの見張りを頼みたい。」
「アーティスとは、アーティス・べレロフォンのことでしょうか?」
「そうだ。」

銀の髪に鍛え抜かれた屈強な肉体はバランスもよく、皇族に発言も許された地位と権力を持つ第二の皇族と言われている自由騎士。

そんな彼もまた、酷い噂ばかりが目立つアーティスのことをよく思っていない一人である。

皇帝陛下もそれを知っているからこそ頼みたかったのだ。

「継承権を返上し、女を捨て、社交界どころかすでに皇族として表舞台にすら出られない姿に自らなったのだ。」

これまでの経緯を説明するとそんなまさか、と自由騎士すら信じない内容だった。

皇帝もその気持ちはよくわかるが自分の目で見た方が早いだろうとしか言わない。

だってそれしか言えないのだから。

「本当にアーティスが変わったのか見張って欲しい。なにかしようものなら君の判断に任せる。」
「………つまり、殺しも厭わないと?」
「そうだ。君の目で見て彼女が本当に悪意を働く気がないのか確かめてくれ。」

散々な一日と、アーティスへの見方がわからなくなった皇帝陛下には判断ができなかったのだ。

その点、アーティスをよく思っていない権力のある者に任せてみるのもアリだろう。

この精悍な騎士が今のアーティスを見てどう判断するのか、皇帝陛下はそれが知りたかった。

悪意や嫌悪感で殺すような男ではない。
正当性のない殺戮はしない奴だ。

「かしこまりました。引き受けます。」
「頼んだ。」

色々と聞きたそうな顔ではあったが、明日からアーティスを見ればその疑問も解決するだろう。

「まったく…。なにがどうなっているんだ…っ。」

あのわがままで品行方正と貴族社会を知り尽くした悪女が、まさかあんな姿になってしまうとは。

皇帝陛下はいまだに信じられない現実に深いため息をついて、これからどうなってしまうのかと無意味な懸念をし続けたのだった。


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