クレイジー・ラブ3
にこやかな甘い笑み。
そのくせバランス良く配置された眼差しはどこか冷たく昏い。
愛させてくれるって…。
そんなことひと言も言った覚えはないのに、有無を言わせない奏鳴くんの態度には何をどう言っていいのかわからない。
ただこの人も大概女を見る目がないんだなあとは思う。
あたしが見る目ないこと知ってて執着を見せるのだから。
自分から僕はクソでクズで最低野郎ですと言ってきてるようなもんだ。
しかもそれを望むようなことを口走ってくるんだから、
あんまりにもクレイジーすぎる様を見るとなんだか自分が謝ったことすらアホらしく思えてきた。
「たしかに、そうかもね……。」
「うん?」
なんだか改めて開き直るとちょっと笑えてくる。
「見る目ないくせにいい男探そうとするなら、とことんクソでクズでゲスな男を相手にするほうがあたしにはお似合いなのかも。」
だってそうでしょう?
クソ野郎にズタボロにされ続けてきたのだ。
そこから這い上がるより、落ちた方が楽なんじゃないかと思う。
ほんと、どうしようもない思考してんなって自覚はあるけど。
人間ってもんは苦難に立ち向かうよりも楽な方を選ぶ傾向が強い。
あたしなんて特に自分に甘いから。
だからクソでクズでゲスな、そしてクレイジーさまで追加された男にストーカーされてんだと思う。
少し自嘲気味に笑いながら、彼の濡れた頰をたどって見つめると。
奏鳴くんはゆるりと笑ってあたしの身体にたくさんつけたキスマークを追加してくるのだ。
「ちょっ…!」
「そのまま身を任せちゃいなよ。」
「……っ」
「寂しがりをこじらせたどうしようもない女なんだから。下手に強がるより、堕落しきったほうが可愛いよ。」
クスクスと笑って、悪魔の囁きとも思える蔑み方はとことん甘い声をしている。
落ちぶれた女に伴奏でもするかのごとく、徐々に身体を密着させて卑猥なもん押し付けてきて。
魂でも震わせる曲のように、あたしを絡め取って虜にしようとする熱は勝つ気満々。
躊躇って考える暇も与えてはくれない。
奏鳴くんのそのただならぬオーラに気圧され、あたしの退路は完全に絶たれるのだ。
これぞいつも流されてしまう奏鳴くんのやり方!
ハッと気付いた時には既に遅く、甘ったるくも強引に唇を塞がれてるんだからパニックになる。
違う違う違う……っ!
そうじゃないでしょ!棗ちゃんっ!!
あんたなんでそんなに甘やかされることに弱いのよ?!
ていうかなんで奏鳴くんってこうも甘え上手なの?!
なんかとんでもないこと言われてるのに仕方ないなあと諦めてホイホイ聞いちゃってる自分がいるよ?!
「す、す、ストップ!!ちょっとたんまっ!!」
「無理。」
「無理じゃない?!朝っぱらから何盛ってんの?!」
「誘ったの棗じゃん。」
「誘ってない!断じて誘ってなんかないっ!!」
「………わかった。じゃあ身体に聞こうか。」
「ごめんなさいっ!誘ってましたっ!!」
スッと目を細めて鋭く見つめられたことにゾッとして。
すぐさま意見を変えながら涙目になるあたしってなんなんだろうか?
これ本当に好かれてるっていうの?
簡単に抱ける女だと思われてつけ込まれてない?
どう見たってチャラい奏鳴くんだ。
しかもかなり女慣れしてる上に遊び人なのはよく知ってる。
それを踏まえて身を委ねろと。
少女漫画に出てきそうなヒーローのような言葉にころっと惑わされたなる自分が腹立たしいわっ!!
「誘ってたんじゃん。じゃあそれに応えないと男じゃないよね?」
「なんでそうなるの?!なんで?!」
どうやっても退路を塞がれるんですけど?!
まだ朝だよ?!
お日様昇って間もないんだよ?!
ちょっと本当に勘弁してほしい。
冷静に考える暇くらい与えてほしい。
それなのに、
「棗のそういうとこほんと嫌い。」
「はあ…っ?!」
「甘いこと言っておきながら嫌がるってなんなの?甘やかす気あるならちゃんと僕のこと甘やかしてくれない?いい加減拗ねるよ?」
「………っはい?!」
もうほんとわかんないよこの子!!
拗ねるって何?!
拗ねたいのこっちだから?!
甘やかす気なんてさらさらないんだけど?!
あの手この手で漬け込んできて退路すら絶って、自分の好きなこと好きなようにさせて?って態度なのはあんたのほうでしょ?!
そうは思うのにむっすううっとしながら。
不便そうな片腕だけであたしを逃してはくれない奏鳴くんは、なんていうか…。
憎みきれないところが物凄くあざとく感じてしまう……。
あたしのことわかっててそんな態度してんじゃないかと思ってしまう。
そうなってくるとあたしはこれ以上強く拒絶もできないのだ。
奏鳴くんが側にいてくれることに、やっと人間らしい生活を取り戻したのに。
機嫌を悪くさせて放り捨てられることを思うと、そっちの方がゾッとしちゃう。
このクレイジーさを前にして、自立しようと心がけるより。
1人で泣きたくなるほどの寂しさのほうが怖いのだ。
だから男見る目がないってわかってるのに、どうしてもこの性質は変えられないらしい。
「ご、ごめん…っ。」
「何が?」
「したいように、して………いいから。」
恐る恐るだった。
機嫌をとるようにしたから覗き込み、震える身体は正直に。
こんなあたしを求めてくれる熱を手放したくないと訴えるのである。
それはなにも好きだからとかそんな美しくも純情ぶったものではなくて。
ただ単に、ひとりにはなりたくないから。
そんなあたしに、奏鳴くんはニンマリと笑ってあたしに額を合わせてきた。
「最初からそう言えばいいのに。なんでわざわざ嫌がるかな?」
「ふつーに、嫌だからじゃないかと……。」
「へえ?嫌なのに、好きにさせるの?」
「だ、だって……。」
ロクでもない執着に蹂躙される嫌さよりも、ひとりになることのほうが嫌だから。
ホームシックをこじらせた独身女を舐めるんじゃねえよって思う。
そこに漬け込んでくることを正当化させてくるこのクソ野郎めって…。
だけどクソ野郎でも、今のあたしにはこのクソ野郎が必要なのだ。
「だって?」
「……っ奏鳴くんを甘やかすだけでほしいもの得られるなら、それでいいかなって……。」
視線を逸らしながら、自分の甘ったれた精神には嫌気もさすのにやめられない。
奏鳴くんをクソ呼ばわりしてるけど、あたしにそんなこと言う資格はない。
「ほんと、どこまでも可哀想な女…。」
「……っ」
「俺をクレイジーだって理解してて繋ぎとめて…。どこまでも執着させてくれる棗は最高だよ。」
「嬉しくないわ…っ、そんな告白っ。」
「嘘つき。イかれた愛情じゃないともう満足できないほど寂しさこじらせてるくせに。」
「……‥っ。」
「そのどうしようもない愛されたがりに応えてやれんのは僕だけだろう?」
不敵に微笑みながら。
愛すると言うよりも、自分の欲求を埋めるかのように。
受け入れてもらえるクレイジーな執着心による甘えをあたしに見出し。
とことん蔑みながらも、熱を刻んでくる奏鳴くん。
人は弱い。
でも、案外しぶとい。
こんなクレイジーな愛情劇に未来すら見出せないのに。
死にそうなほど求めることを躊躇わないのだから。
純情なんて糞食らえ。
互いの欲求を埋め合えるこの瞬間に、生を見出し安堵できることの素晴らしさを。
理解できるのは互いに互いのどうしようもない弱さでしかなく。
そしてそれに開きなおって求め合える強さにあるのだろう。
「……っ、あああ……っ!」
「さあ、理性も本能も忘れて。全てのことを止めて、心臓だけを動かして“俺”だけを見つめて?」
「………っう、ああ!」
「奏鳴曲(ソナタ)は1人、または、1人プラス伴奏で演奏されるものだ。だから俺の好きにさせて?」
ちゃんとラブソングを奏でてあげるから、と。
奏鳴くんは名前通り、独りよがりな演奏を望む。
誰にも囚われず、誰にも左右されることなく。
自分の美しいと思う音を奏でるように、愛を紡ぐ。
それは何よりもクレイジーなのに、何よりも美しい。
あたしの捻じ曲がった感性は、恐怖よりも喜びを見出し。
身を委ねることをためらわなかった。
あたしが狂ってるんじゃない。
奏鳴くんに狂わされてるんだと。
そう思って好き勝手されてあげることを、甘やかすという言葉に乗っかってされるがまま。
「とことん俺のせいにしていいよ、棗。」
「………悪魔めっ。」
自分はまだマトモだと思える瞬間に見出す愛は最早このひと言に尽きる。
クレイジー・ラブ
壊れた大人を修理するより、強い子どもを作るほうが簡単だ。
(フレデリック・ダグラス)
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