主従恋愛理論


「裏切る気は無かった。」

静かに放たれた言葉に対して、どんな態度が正解なのか…。

かける言葉なんて持ち合わせてるはずがない。

「それでも君のことを考えなかった日はない。」

そんなもの、慰めにもなりやしない。

そう言いたかったけれど、それを言って何が解決する?

根本的なことは変わらない。

連絡が途絶えた2年と6ヶ月と11日。
あたしはずっと待っていたのに、旦那は家族を作ってたなんて…。

***

「それで指輪突き返して終わり?いや、それは理解が良すぎるだろ?」

裏切りを知り、離婚して数週間。

引きこもるなんて性に合わないから仕事に打ち込んでいたら友人に誘われた。

最近おかしすぎるって、そんなに働いたらいつか身体壊すよって入りだったものの…。

同じ職場で働いているのだ。
噂なんて程度の軽い情報など出回らない。

友人は確信を持ってあたしに聞いてきたのだ。

自分の個室に呼び、鍵までかけて、机を挟んでおやつやお茶を並べ立てられた目の前で。

頬杖をついてコーヒーにミルクと砂糖をたっぷりと入れながらカップ越しに気に入らなさそうな目まで向けられる。

元々癖の強い髪はふんわりとしたまま、夜を思わせるような黒髪。

いつも同じ六角形の黒いピアスを片耳にしているのがトレードマークのようになっている。

しかもこの洋装の部屋で本人は和服を好む変わり者。

いつも黒い着物姿で、ゆるりとほくそ笑むのが見慣れた顔だ。

気さくで仕事はできるけど、部下を振り回し、上の連中と一悶着あるなんて常だ。

それでも彼が今の地位を築けているのは、実力があるという他ない。

昔からそうだった。
彼には人を惹きつける何かがあるのだ。

よくわからないけれど、みんな彼を慕う。

だから当たり前のようにこの国の、この城で、第二王子にも関わらず王位継承権を欲しいままにしている。

「じゃあどうしろっていうんだ。癇癪起こして怒鳴り散らして、今の家族の目の前で罵倒してやればよかったのか?冗談だろ?」

この人、あたしと結婚してるんですよって言えって?

無理に決まってる。
あんなにも温かみがある家で、家族写真が飾られて、クリスマスの装飾まで丁寧にされていた。

小さな子供までいる。
奥さんは何も知らない。

わざわざ掘り返してなんになる?
あの人が戻ってくるわけもないのに。

不幸になれば良いとヤケを起こしたって惨めなだけだ。

ブラックのコーヒーに口をつけ、あたしは大きくため息をつき、自分の感情を沈めていた。

けれど、

「待ってた間の2年間。ナイトがどんな思いで過ごしてきたか…。それくらいわかってもらおうとしてもいいんじゃないの?」
「………。」
「潜伏の期限は一年だった。なのに、それが延びたんだ。同じ仕事してるならわかるだろう?時間は人を変える。環境に馴染んでしまえば、それはもうナイトの好きだった男じゃなくなるってことだ。何度も見てきたはずだ。だからうちの職場は社内恋愛禁止なんだよ。」
「ああ…、だから身に染みたよ。」

だからこそ、あたしたちの結婚を知ってる人間は職場でもこいつ以外にいなかった。

一生を共に。
そう誓った相手を疑いたくも無かった。

要するに、あたしも馬鹿だったってことだ。

「終わったことをとやかく言うな。ちゃんとわかってる。」

この城でのあたしの立ち位置は騎士にあたる。

旦那もそうだった。
いや、元旦那か。

ただ所属が違っており、元旦那は潜入を主とする秘密部隊。

あたしは逆に魔法を使って本来の戦地に赴き、敵を迎撃するような戦闘部隊だ。

故に、元旦那は長期の潜伏が多く。
それと同時に離婚率も高い。

あたしのように待ってる間、出張先で家族を作ってしまったという事例は稀なことではないのだ。

だから職場恋愛は禁止。
それは仕事だけしてろって意味ではなく、傷つくからやめておけという忠告のようなもの。

家から長期的に離れていたくないならこの職場では働けない。

つまり、長期間の出張に行っても問題ないと面接の時に回答しなければ落とされる職場でもあるのが元旦那の部隊なのだ。

だから部隊に入ったからと行って、やっぱり行きたくないですは通用しない仕事でもある。

どうしたって争いは避けたいし、避けたいならば情報がいる。

それを秘密裏に収集してくる部隊なのだから。

だからこそ職場恋愛は禁止というルールが鉄則のようになっている、が…。

今までもそのルールを破った騎士は多く、皆あたしと同じような経験をしてる者も少なくない。

続くわけがないのだ。
遠距離でも本当に運命の人ならとか、そんな甘ったれた夢見がち乙女になってしまえば終わり。

現実はそんなに甘くない。

男だろうが女だろうが、出先での出会いもあれば、他人に理解しろという方が難しいいきさつだってある。

誰が悪いとかそんなものじゃないのだ。

誰だって、寂しさは人を過ちへと導いてしまう。

誰だって、触れることもできない恋人より、目と鼻の先にいる出会えた人を選んでしまう。

「だから、ちゃんとわかりすぎなんだって。」

最中、上司であり、幼なじみであり、友人でもある彼がため息をついてあたしにデコピンしてきた。

本来ならばこんな簡単に顔なんて合わせられるはずのない第二王子の個室でこんな気さくな口調で話すなんてあり得ないことだが、

あたしたちの関係は表向きこそ王子と騎士でしかないが、実はお互いよく知ってる間柄なのだ。

「そんなに理解が良すぎるとこっちがイラつく。」
「はあ?なんでだよ。キングには関係ないだろ。」
「大有りだから言ってんだよ。」

ふざけんな、といつもは穏やかなスタイルも、素を出せば口が悪い。

「ルークはナイトを裏切ったんだぞ。」
「なん度も言うな。わかってる。」
「だからわかりすぎなんだよ。」

ルーク、ナイト、キング。
それらの呼び名は聞けばわかる通り、チェスの駒だ。

あたしたちは幼なじみで、友人で、仲間だった。

一時期、あたしたちがハマったチェスゲームで互いの愛称が決まったのだ。

本名を呼ばれるより反応してしまう愛称も、今では複雑である。

「ルークの結婚相手……、この際だ。クイーンと呼ぼうか。」

適当に名付けるキング。
けれどその名はあたしたちの中では裏切り者の呼び名でもある。

クイーンは実際、あたしたちが学生の時に連んでいた仲間の一人の愛称だ。

かつてのキングの恋人でもあり、

あたしたちより年上だったからお姉さまのような存在感から、彼女以外クイーンの呼び名は当てはまらないと賛同したもんだ。

けれどクイーンはキングを裏切り、同じ仲間内のビショップと二股しちゃってたという苦い思い出付き。

当時それは、揉めに揉めたもんだ。

クイーンの言い分は「あたしが恋人のはずなのに、キングはあたしだけじゃないじゃん!」というもの。

学生の頃、あたしたち6人グループは変わった愛称から広まり、

地元ではちょっとばかり有名なやんちゃグループだったのだ。

まあ言うなれば不良みたいなもんである。

そしてそんな仲間内での色恋沙汰ってもんは歳を重ねると増えてくるし、

キングの立場とかそんなものだって、子供の頃ならば大概のことは目を瞑られていた。

クイーンとルークは貴族出身だったし、ビショップとポーンだって商家の子供だった。

だから身分が申し分ない友人達ってこともあって、周りの目も特に何か言うことなく仲は深まったものの、

クイーンの裏切りが発覚したと同時、ビショップとポーンも付き合っていたのに破綻。

ポーンはそのことでクイーンを心底憎み、ひどい大喧嘩に発展した。

あれは思い出すだけでも本当にドロドロだった。

けれどそんな中、キングだけはどこ吹く風というか…。

「懐かしいこと思い出させるじゃないか。キングだって裏切られたのに理解良すぎてたよな。」

取り残されたようにその泥沼の喧嘩をなんとか止めようとしてたのがあたしとルークだった。

結局、ポーンはクイーンを池に落としたり、学校中に酷い噂を流して人の男を取る女だ、気を付けろと散々な情報が出回ることになった。

クイーンはクイーンでそんなことされたら学校にも来れなくなって不登校の挙句、引っ越したし。

ビショップも立場的に最悪で、転校しちゃってそれからのことを知らない。

ポーンはそれ以来あたし達に関わってこなくなって、今では王都を出ていると聞いた。

「あれは理解が良かったんじゃねえよ。クイーンの言ってることに反論もなかっただけ。」
「どう違うんだよ。」
「俺はクイーンよりも、お前たちと連んで遊ぶほうが楽しかったし。そもそもクイーンは、ナイトやポーンになんかあった時、俺が夜中でも駆けつけていく姿に文句言ってたし。」
「友達なのに嫉妬してたってことか?」
「そーゆーこと。特にナイトには酷かったんだぞ。」
「は?なんであたし?」

てかそんなこと今の今まで知らなかったんだけど?と驚くままに見つめると、

「ナイトが勘当された時あったじゃん。」

その一言であたしは顔をしかめてしまった。

あたしは孤児ってやつで、里親とはとんと馬が合わなかったのだ。

そもそも思春期ってこともあって、何かとぶつかってた。

今思うとガキだったなって、あたしほんと馬鹿だったなって思うけど、

当時のあたしは自分が大人だと思い込んでて、とうとう出て行けと言われるがまま出て行ったことがあるのだ。

そのことでキングが夜中に迎えにきてくれて、部屋に泊めてくれたのはほんと酸っぱい思い出だ。

「ナイトに肩入れしすぎだとか、好きなんじゃないのとか、散々問いただされたんだかんな。」
「言ってくれたら誤解だって言うのに!」
「ナイトが出てきたら火に油を注ぐようなもんだろ。」

それを言われるともう黙るしかない。

クイーンがまさかそんなに嫉妬深い人だとは知らなかった…。

確かに何かと執着すると、手放したがらない節はあったけれど…。

それはお気に入りのペンだったり、靴だったり。

捨てられないのって困ったように笑う姿は愛くるしさすら感じていた。

でもそれは物に対してならなんでもないが、対人間になると複雑になるようだ。

「でも、だからってあの時のクイーンの身勝手な言い分を黙って言われっぱなしってのもどうかと思ったがな。」

キングは当時、クイーンの浮気に対して怒ることもしなかったし、反論もしなかった。

クイーンが自分は悪くないんだって言い張るような言葉をただただ聞いていたのだ。

あたしたちは仲間ではあっても二人の関係に口出すことでもなく、聞くに耐えないことを我慢して聞いてるしかなった。

だから今言うのだろう。

あたしの刺々しい一言にキングはやっぱりどこ吹く風。

気にもしてないような顔で「俺は良いんだよ。」と言う。

「なんも良くないだろ?!あたしたちはあんなに仲よかったのに!全部台無しにしたのはクイーン…っ!」
「__________ナイト。」

静かな声音で、底冷えするような赤みの強いアンバーの眼差しに見つめられると黙り込んでしまう。

そう、誰が悪かったなんてないのだ。

あの当時、あたしたちはまだまだ子供だった。

構って欲しかったんだろうクイーンの気持ちだって今なら分かる気がするし、

ポーンの悲痛な憎しみだって、傷つけられた女としてなら当然のものだろう。

ビショップは結局何も言わないまま。
飛び火を最小限に交わしていつのまにか転校までして…。

煮え切らない終わり方をしている分、嫌な思い出になっているが…。

結局のところ、クイーンの寂しさも、ビショップの優しさも、ポーンの悲しみも。

当時のあたしたちは自分のことに精一杯で、理解なんてしてやれずに終わってしまったのだ。

「………ごめん。言いすぎた。」

あたしはなんだかんだでキングの味方だ。

どんな時でも、多分それは変わらないだろう。

キングはあたしが孤立した子供時代に声をかけてくれた最初の人だったから。

孤児で、引き取られて、見ず知らずの土地にきて、勝手も知らない家でどうしたら良いのかもわからず、

近場の公園に行ったところであたしはこんな男口調だからか、生意気だとかなんだとか言われて結局親しくなることはできず、

ひとりに慣れすぎていたあたしに「なあお前さ、チェスのルールってわかる?」なんて声をかけてくれたのがキングだったのだ。

あの頃からずっとあたしを気にかけてくれていたキングには恩も感謝もあってか、

キングを悪く言う奴も、キングを傷つけようとする奴も許せなかった。

それは多分、今でも変わりなく、あたしの中でキングは特別な存在のままなのだ。

自分のことには諦めつくのも早いのに、未だに昔のことでも、キングに関することには憤慨してしまうんだから。

「ほんと、ナイトはナイトだよな。」
「なんだそれ。」
「俺だけに忠実なナイト。」

フット笑って言われた言葉に昔の光景が浮かんだ。

キングの父親、つまりこの国の王様がチェスを嗜む人で、キングがチェスにこだわったのもそこからだ。

父親にルールを教えてもらって毎晩するようになったんだとか。

そのまま友達ともできるようにルールを教えて回り、あたしも仲間入りしたわけだ。

まあ、あたしは孤児院の時にしてたから知ってたってことも大きく、

キングは公園であたしを見つけると強制連行して城に引きずり込み、キングが満足するまで付き合わされた。

気づけばチェス仲間が集まっていて、気づけば愛称もチェスの駒にしようってなってて、

『俺がキングなら、お前は絶対ナイトだな。』

キングという愛称は誰もが彼に相応しいと、反論もなく決まった折、

キングがあたしにナイトの駒を手渡しながらニヒルに笑ったのは印象的だった。

あたしのキング信者は、キングが認めるものなんだとわかると子供ながらに誇らしく思ったもんだ。

「当たり前だ。あたしはナイトなんだから。」

女にナイトって、どうなんだって意見もったけれど、

あたしにはなんの不満もなかった。

クイーンなんて柄ではないし、けれど他の駒の呼び名ではあたしも満足できなかっただろう。

キングに一番近くて、キングを一番知ってて、キングといつまでも一緒に居られる関係。

それがキングとナイト。
王様と騎士だった。

それ以外、考えられなかった。
だから努力して、平民に近い出自のあたしがこの城で騎士を務めるにまで至っているのだ。

幸運なことと言えば魔法が扱え、且つ魔力量も人より多かったことだろう。

「だから俺だってナイトの結婚になんも言わなかったんだよ。相手はルークだったし、ちゃんと祝福したのに…。」
「なんの話だ。」
「ルークが裏切ってクイーンになびいた話しだよ。」

まだそれを言うか。
クイーンの愛称が完全に裏切り者の名前にしかなってないな、と思う反面、

「なんでそんなにこだわるんだよ。職場的には良くあるパターンだっただろ。」

裏切られたという深い悲しみがないわけじゃない。

だけどこうして話せる相手がいることだけでも悲しみは和らぐものだ。

ルークとは長い付き合いだし、信頼もしていたし、大丈夫だろうなんて浅はかに思ってたあたしだって悪かった点はあるんだろうし。

だけど、

「こだわるに決まってんだろ!なんのために俺がナイトを諦めたかわかんねえじゃん!!!!」

滅多に声を荒げることなどしないキングが、机を思いっきり叩いて立ち上がり、

あたしに迫って怒りをぶつけてくることには正直唖然とした。

今、なんて言った……?

とんでもない告白してこなかったかこいつ?

目をパチクリとさせて、言葉に詰まり、反応すらできないまま見つめる先では、

罰が悪そうな顔をしているキングがやむ終えないと言うように座り直しており、

見た目に似合わない甘党で、パフェにがっついているのだ。

「…………なあ?今、あたしが好きだって言ったように聞こえたのは空耳…」
「んなわけねえだろ。」

バッサリと言われてしまうとやはり黙るしか無くなる。

え?いつから?
ていうかそれ、今言うことか?

そもそも怒ってたのはそれが原因か?!

頬杖をついてソッポを向いているキングをまじまじと見てしまうが、言葉は出てこない。

「なんだよ。悪いかよ。」
「そうは、言ってないだろ…。」
「あーあ。ほんとふざけんなよ。俺が諦めた意味無くなるような真似すんじゃねえよ。なんで幸せにならねえんだよ。これじゃあ諦めた俺が馬鹿みたいじゃん。」

なぜあたしが文句を言われなければならないのか…。

どうにも趣旨が変わってきてる気がするのだが?

あたしを慰めてくれるんじゃなかったのか…?

なんて思ってる最中にもパフェはものの数分で空っぽになる。

「いつから?」
「あ?」
「いつからあたしのこと…、」
「知らねえよ。気付いた時にはゾッコンだったんだから。」
「…………」

どうしよう。
何か話そうと思って聞いてみたけど余計に気まずくなってしまった。

てか反応に困る答えを返すなよ。
空気読めよ。

なんで離婚した直後のバツイチ女に告白できるんだよこいつ。

「ていうか現実的に考えてさ、俺にだけ忠実で、絶対俺だけの味方でいてくれて、俺のことにだけ感情的になって、俺に尽くすことを生きがいのようにして接してくる相手だぞ。好きにならないわけがない。」
「……………」

ビシッとパフェ専用の長いスプーンを向けられるが、そんなこと言われてもなと思うのが正直な気持ちである。

ひとりぼっちのあたしを仲間にしてくれて、友達もいっぱいできて、

新しい場所でどうしたらいいかわからなかったあたしの面倒を見てくれたのがキングなのだ。

勘当された時だって親身になってくれて、一緒に謝りに行ってくれた。

里親である両親にはものすごく迷惑をかけてしまった分、今は必死に親孝行中である。

その過程が結婚だったのに、トータルしてほぼ四年という短い期間で離婚してしまった。

そんなあたしを一番よく知るキングがこうして話を聞いてくれている。

そりゃあ尊敬もしてるし慕ってもいる。

恋愛感情とか上回ってるくらい、当時からあたしにとってキングは神様みたいな人だったのだ。

それが当たり前になってしまったあたしには、キング信者でしかなく、女になる気は無かったからナイトって愛称は誇りにすら思ってる。

なのに、

「そんなこと言われても…、困る。」
「知ってる。だから言わなかったし、ちゃんと祝福したし、ナイトの幸せを願ったんだよ。俺なりにな。」

舌打ちまで交え、諦めてやったのにルークの野郎!なんて言ってるキングにどんな反応が正解なのかわからない。

こればっかりは手放しで喜べることではないだろう。

それでも、

「ルークだったから認めたんだ。なのに、ナイトを幸せにするどころか浮気だ!言わずにはいられないだろ。」

そんな身勝手な告白されて、あたし以上に怒ってくれているキングを見るとなんだか笑ってしまいそうになる。

…が、顔を引き締めて唇を結んでいると、

「ナイトが俺のナイトのままでいたいことはわかってたさ。でもそれって俺にとっては一番近いようで一番遠い存在になってたんだ。」
「…!」
「俺は尊敬して欲しいわけでも慕って欲しいわけでもないからね。」

あーあ、なんて言って遣る瀬無さそうにするキング。

あまりにも予想外すぎてついていけないったら…。

キングを恋愛対象にしようなんて思ったことは一切なかった。

男と女になってしまったら、いつか終わりが来るんだって。

それだけは嫌だなって、クイーンの事件があってからなおさら思ってたから…。

だからキングとナイト。
王様と騎士という主従関係を模したこの距離感が一番安全で永遠だって自信があった。

だけど、

「あたしにどうしろっていうんだよ。ていうか離婚したての女によく告白できるな。」
「いやもう、どこまで我慢すりゃいいんだよ俺。慰める気なんて最初からなかったし。」
「おい、」
「ルークに裏切られて悲しんでる姿見るのも腹立たしいしな。」
「…おいおい、」

もう呆れていいよなこれ?
どんだけ自分勝手なこと言ってやがるんだよ。

「なのに本人は落ち込んでるくせに理解が良すぎると来た。黙ってらんねえだろ。俺のナイトを掻っ攫った挙句、幸せにするどころか裏切って捨てたんだ。もういいだろ?俺我慢する必要なくねえ?」
「……………」

そうだった。
そうだったよ。

こいつはこういう奴だった。

大人びた顔して誰よりも先頭を突っ走っていくくせに、中身はてんで子供なのだ。

好き嫌いがはっきりしていて、仲間思いではあるがその分自分も甘えきって好き勝手する。

でもこんな奴だからこそ、みんなこいつが好きになるんだ。

飾らない言葉と態度で接してくれるから、あたしも笑えたんだ。

「言い分はわかった…が、あたしにどうしろと?言っておくがもう結婚なんてこりごりだ。」

そもそも付き合うとか恋愛とかも今はいらない。

ルークのことが好きだった分、とっとと他の男に乗り換えようなんて考えないし、

だからってメソメソうじうじと泣いて過ごす気もないのだが…、

「さすがにこんなタイミングで付き合えとは言わねえよ。でもやり直しだ。キングとナイトの関係をな。」
「どういう…?」
「お前は俺のナイトなんだから、俺の許可した奴以外と付き合うことは認めない。」
「はあ?!」

何を言いだすかと思えば…。
なんだそれ。

「ルークと付き合うことになった時にそうしとけばよかったんだ。俺が許可しない限りお前は何もできないルールが無かったからこうして後悔してんだし。」
「待て待て待て。それサラッと束縛しすぎだろ?!」

付き合ってもないのに!
そう言いかけたものの、

「キングに忠実なナイトだろ?むしろナイトの幸せを思ってのルールじゃん。」
「どんだけ都合のいい理由にしてんだよ!」
「真面目な話し。お前はもう少し、俺に頼っていいと思うんだけど?」
「意味がわからん。」
「だから、俺に決めてもらわないとなんもできない女くらいがちょうどいいと思うんだ。」
「あたしをダメ女にしたいのか貴様!」

聞けば聞くほど恐ろしいルールをあてがって来ようとするキング。

けれど、

「違えよ。俺はナイトを甘やかしたいだけ。」
「はい?」
「取り敢えず仕切り直しだ。躾をし直すからな。」
「ちょ…!ほんと待て?!躾ってなんだよ?!唐突すぎてついていけんぞ!」
「大丈夫。俺の中でプランは立ててるから。」
「なんも大丈夫じゃないだろそれ?!お前のわがままに振り回されてるだけじゃないか?!ふざけんなよ?!」
「でも聞いてくれるだろう?だって俺のナイトなんだから。」

にこやかに言われると押し黙ってしまう自分に腹が立つ。

昔からそうだった。
キングは一度決めたら止まらない。

そのくせ説明は下手くそだ。
意味のわからないまま振り回される羽目になってしまうんだ。

それでもキングのわがままに、あたしは断れた試しがない。

理由は簡単だ。
あたしがキングのナイトだから。

それで十分な関係を続けてきた手前、ため息混じりに頭を抱えるという諦めモードに入ってしまっていた。

そんなあたしの姿にキングは機嫌のいい笑顔であたしの頭をポンと撫でてくる。

「取り敢えず同棲するか。」

そしてまたもやとんでもない発言が聞こえてきた。

これに反論するのも最早疲れていたあたしは言葉なく彼の手を振り払い、軽く睨むという反抗をしてみたのだが…、

「返事は?」

キングがにこやかに、あたしの反抗的な態度をものともしないで、

上から問いかけるという迫力満点の有無を言わさないひと言に…、

「____キングの、仰せのままに。」

幼い頃に教えてもらった。
あたしとキングだけの主従関係を示した返事の仕方を口にしていた。

発端はキングから。

『王様に忠誠を誓うナイトなんだから、それらしい返事すること!』

これだよこれ!と絵本に描かれた騎士のセリフを見せられてから、

キングがあたしに返答を求めてくる際、断ることを良しとしない態度であればあたしは傅くしかなくなるのだ。

だから返事は一択。
王の意向のままに、と告げるだけの返事。

子供の頃はただのごっこ遊びだろうって大人たちは微笑ましく見てたもんだ。

けれどこの合図はあたしとキングしか知らない意味が含まれている。

それは、一連托生。

行動も運命も共にすること。

まあ簡単に言うならあの時キングが言った言葉通りなんだろう。

『俺がお前を守ってやる。だからお前は俺だけのナイトでいろ。』

クイーンの裏切りがあってみんながバラバラになってしまったあの日。

キングは寂しかったのか、それとも別れに何かを感じたのか知らないが…、

一生側にいろと言う命令を与えてきた。

その頃のあたしは意味なんてよくわかってなかったけど、今ならわかる気がする。

ルークに裏切られ、孤立したような感覚が拭えなかったのに…、

「なあ…、」
「うん?」
「………いや、なんでもない。」

一人は寂しいってこと、忘れていた。

そんなあたしを強制的ではあったが、側に居ようとしてくれてるんじゃないかと…。

そう思うのはあたしの思い過ごしなのか…?

どちらにせよわかってることは一つだけ。


今も昔もあたしはキングのナイト。

小噺

生明ゆめの気まぐれ短編集

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