もしも黒猫様が悪女に転生したら16

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「アーティス様!はしたないのでそういう格好はやめてください!寝転がりながら物を食べるのもいかがなものかと!」
「あー!うるっさいなあ!!!やっと毎日学校に行くこともなくダラダラできるんだからいいじゃないか!!!」

日常が戻ってきた僕はのびのびとダラダラしていた。

学園のことに関しては卒なく理事長の解任及び逮捕が出来たらしく、名前だけを貸してやった理事長代理を引き継いでいる。

勿論、理事長候補は早々に見つけるとのことだったが、人選選びは最終的に僕に委ねるよう陛下には言ってある。

また同じことを繰り返すような人間が上に立てば子供たちは育たないしな。

これだけ投資をしてやったのだ。
それくらい決める権利はあるだろうと思って言っただけなのだが、結構あっさり承諾してくれた。

ただ、

「アーティス様。今日も理事長候補の書類がいくつか届いておりますので持ってきました〜!」

ジーナが最近毎日持ってきてくれる候補者の中にはこれといってピンとくる人材がいないのだ。

探れば色々出てきそうな奴らばかりだなあと書類を見て捨てる繰り返しだった。

「なあリリー。お前から見て優秀な魔法使いとかいなかったのか?」
「俺を差し置いてそんな奴いるわけないだろう?それより俺との研究はいつからしてくれるんだ?古代兵器のことも片付いたし次は俺の番だろ???」
「それより理事長を早くあてがわないとならないんだよ。名前だけの僕がいつまでも居座るわけにはいかないからな。」
「じゃあ適当に選べばよいではないか。」
「そうはいかない。あいつらにきちんとした教育の場を儲けさせないとせっかく一ヶ月も通って教えた僕の投資が台無しだ。」

育てば使える奴らになると見込んで時間を割いたというのに、

理事長がまた子供を食い物にするような奴では困る。

僕の言い分にリリーはふむ、と呟きながら考えを巡らしているようだった。

そして、

「ひとりだけ…。心当たりがないわけでもないが……。」
「誰だ?どんな奴だ?」
「………でも俺の方が優秀だぞ!」
「そんなのどうでもいいんだよ。リリーは僕のものだ。理事長になんかさせられない。他のやつがいいんだ。」

なにをムキになっているのかと僕が言えば、リリーは次の瞬間機嫌を良くして僕を抱き上げるのである。

「おい。こら!なにして…」
「説明するより見た方が早いからな。すこし出かけるぞ。」
「はあ?!」

言うや否や転移魔法をあっさりと使うリリー。

次の瞬間には部屋にいたはずなのに見慣れない光景が広がっていたのだ。

こちとらぐうたらする気しかなかったので服装だって男物のシャツ一枚。

ユランが朝っぱらからズボンくらい履いてくださいとギャンギャン言ってきたからわざと履かずに足を放り出していたのだ。

それが裏目に出てしまった。
外に出るなら僕だってそれなりに身支度するのに!

「お前なあ…っ!」
「シッ。あいつだ。」

転移した場所は森の深い場所だったのだが、木陰に隠れて覗くリリーの視線の先にはひとりの男がいた。

こんな何もない場所にほったて小屋が建っており、出てきた人物もみすぼらしい格好をしている。

「あいつがお前の見込んでいる魔法使いなのか?」
「ああ。まあ見てろ。」

リリーは言うや否や、男めがけて火炎玉を作って投げたのだ。

それは生徒たちが初級魔法として習う物だったが、リリーが作ると威力が全然違う。

火炎玉そのものは小さく纏められているのだが、それは濃密な魔力を縮小しているだけで、

アーティスの身体だからわかる、半端ない威力があるとわかる代物だったのだ。

まさか森の中で火を使うなど言語道断にも程がある。

思わず叫びかけた僕だったが、的にされた男はその火炎玉を指先で弾いてこっちに返してきたのだ。

「うわあ!どうするんだよあれ!」
「慌てるな。俺がこの程度をどうにかできないとでも…」

リリーは言いながら同じように弾き返そうとしたものの、けれど火炎玉はリリーが弾く寸でのところで止まったのだ。

そして僕らの周りをぐるりと一周し、なんとひとつだった火炎玉が僕らの周りをぐるりと囲んでいた。

数が増えたものの、威力はそのまま。
僕らが逃げないように円を描いて回っている。

「出てこい。」

そうして的にしていたはずの男に的にされたこの状況で、男の警戒した声音にリリーが歩みを進めたのである。

「久しいな、ライゼン。」
「………キブリー・ロンベルト。」

姿を表せばリリーが声をかけ、相手の男が不愉快そうに眉根を寄せたのである。

「なんの用だ。とんだ挨拶付きだな。」
「そう言うな。」

リリーは言いながらパチンと指を鳴らして周りの火炎玉を消してしまった。

できるなら早くしろよ?!と思ったが、ライゼンという男はリリーに抱かれている僕を見てハッと笑い捨てたのだ。

「なんだその見窄らしいガキは?弟子でもとったのか?」
「友人だ。悪くいうと許さないぞ。」

初めてリリーが感情を乗せた声で忠告すると、ライゼンは黙り込んでもう一度僕を見つめてきた。

「お前に友人?しかも人間の?」
「お前も人間だろう?」
「俺はお前の友達じゃない。」
「そりゃそうだ。一応、弟子という枠に入るかな?」
「馬鹿を言うな。何が弟子だ。」

次は本当に火炎玉をぶち込むぞ、と言ってくるライゼン。

リリーから弟子という言葉が出るとは思わなかったので思わず僕も口を開いてしまった。

「リリー、弟子なんていたのか?!」

小説の中では弟子は一切取らない主義と書かれていた。

勿論そんなキャラクターだって出てこなかった。

なのに、

「すこし事情があるんだ。弟子とも言えるし、ただの小間使いとも言えるし。どんな関係に当て嵌めればいいのか俺にもよくわからん。」
「俺を貶しにきたのか?こんな奴とはなんと関係もない!!」

ライゼンはイラついたまま吐き捨ててくる。

リリーと同じ黒髪だが、瞳は黒。

この世界では珍しい容姿である。

前世の日本であれば当たり前によく見る容姿だが、この世界での黒髪や黒目は魔族の色だとされている。

実際リリーは黒髪に赤目という魔族の色味だ。

けれど黒目もまた、この世界ではあまり見ない。

「まあそう言うな。用があってきたんだ。怒らせたいわけじゃない。」
「お前の存在そのものが俺には怒りの理由になるんだよ!」
「まったく、いちいち反抗しないと気が済まないのか?」
「クソが。用ってなんだ。さっさと言え。」
「お茶もなしか?」
「お前に出すもんなんかないね。」

フンと鼻を鳴らすライゼンは見た目だけ見るとリリーより老けていそうだが、実際のところわかりにくい。

無精髭に髪も伸ばしっぱなしで、身なりが悪すぎるのだ。

「王立学園の理事長にならないか、と思ってな。」
「…っはあ?!王立学園って言えば超有名な金持ち学校じゃないか!」
「そうだ。そこの理事が逮捕されてな。次の理事長を探しているんだ。」
「なんで俺なんかにそんな話がくるんだよ!ありえない!何を企んでる!」
「何も企んでいない。お前ならば魔法の腕は言わずもがな。政治や教育にも精通しているだろう?まあ、最終判断はアーティがするんだがな。」

リリーは僕を見下ろして話をしてみて決めてくれと目で語る。

そんな光景にライゼンは眉根を寄せたままこんなガキにそんな権利があるのか?なんて眼差しを向けてきた。

というかこんな状態で誘ってもこいつは頷きそうにない。

だから僕は、

「リリー、おろしてくれ。それから少しどっか行ってろ。」
「む、なぜだ。俺が邪魔なのか?」
「そうだ。お前がいたらライゼン殿が怒るしかしなじゃないか。どんなことしてきたんだ。」
「どうもなにも…。素質がある人間だったからそれなりに研究を重ねていただけだが?」
「…………うむ、お前に聞いた僕が馬鹿だった。いいから呼ぶまでどっか行ってろ。」

しっしっと追い払えばリリーは不満そうだったが僕の言うことはちゃんと聞いてくれるのですぐ転移魔法で消えてくれたのだ。

そのやり取りにライゼンが、

「キブリーが人間の言うことを素直に聞いてるとはな…。あんた何者だ?」

…と、珍しそうな目で見られたので僕は肩をすくめるしかない。

「勝手に懐かれた。それだけだよ。」
「あいつはそんなにあっさり人間に懐いたりしない。」
「そうか?隷属魔法をかけられて嘘をついてないかどうかわかる状態で話をしたらすんなり信じてくれたぞ?」
「…は?」

唖然とするライゼンである。

そして次の瞬間には噴き出しており、やるなあんた!と言われていた。

「隷属の魔法まで使って疑われてたのに、それをものともしなかったのか!」
「そもそも僕は嘘なんてつかないし、リリーのこともどうだってよかったんだよ。見たい資料を見せて欲しいだけだったんだ。」
「ま、そんなことすらあいつは信じないだろうな。」
「そういうことだ。」

だから隷属の魔法で安心させて目的の資料を見せてもらったのだ。

「それで?ライゼン殿とリリーはどんな関係なんだ?」
「あー……別に、大したことじゃない。俺の姿を見ればわかるだろう?」

黒髪黒目で生まれたことが災難の始まりだったとライゼンはいう。

当たり前に親に捨てられ、路上で飢え死にしかけていたところをリリーに拾われたそうだ。

「最初は同じように半分魔族だと思って拾ったらしい。」
「へえ、そんな甲斐性がある奴だったのか。」
「いや、同情じゃなく。自分の身代わりにできると思ったそうだ。」
「とてもあいつらしい。」
「同感だ。」

ったく、と言いながらライゼンは僕を家の中に招いてくれた。

裸足にシャツ一枚という格好を見て、同情でもしてくれたのかな。

どっちでもいいが、座って話せるならそっちのほうがいい。

「お茶とかはいらないから気にするな。」

他人に淹れられるものは飲めないし、座るよう施された椅子も躊躇ってしまった。

どうしよう。
潔癖症だということをすっかり忘れていた。

最近はそんなこと気にしない相手としか接してなかったし、ほとんど自分の部屋で過ごしていたから。

招かれてよかったと思ったさっきの自分に後悔しながら突っ立っていると、ライゼンが不思議そうに見つめてくる。

「座らないのか?」
「………座れないんだ。」

ボソッと呟くものの、汚いからとか言えないし。

それは病気のせいであって、こいつのものぐさが悪いとかではないのだ。

それにほったて小屋にしては小綺麗にされているし、生活感のある空間である。

でも僕にとってはそれが一番無理なのだ。

突っ立ったまま動かない僕に、ライゼンは何を思ったのか…

「座れない…、か。どうすれば座れる?」
「綺麗に、消毒すれば。」

ちゃんとそれを確認できれば、と僕が言えばライゼンはなるほどと言って指を鳴らすのだ。

するとこの家の中全てに浄化魔法をかけてくれていた。

アーティスの身体だからこそどんな魔法かがわかるのだ。

魔力を持っているだけでなく、魔法の種類まで感じ取れるこの身体は便利である。

「ありがとう。すまない…。」

おずおずと座りながら言えば、ライゼンは気にしなくていいと言ってくれた。

「キブリーも書類や資料は全て定位置に並べないと気が済まない奴だったし。慣れてるさ。」
「え、リリーが?」
「気を張ってた時だからな。今はそうでもないんだろう?」

そんな問いかけに僕は頷いていた。

「気を張ってたっていうのは?」
「魔族に頻繁に狙われていたときさ。」
「ああ、なるほど。」
「その頃だったから俺を拾ったんだろう。身代わりにもできるし魔力も高い。見た目も目の色だけ変えれば勘違いしてくれるだろうって。」
「………それで?」
「俺もガキだったし、最初は助けてくれたことに喜んださ。教えてくれることを素直に学んだし、あいつが嫌う人間ともうまくやれるようにと奔走した。あいつの力になりたくて俺なりに必死になってた。」

人間側と仲良くしておけば利になることもある。

勿論、リスクだってあったからライゼンはやり過ぎることはなく慎重に見極めをしていたという。

「人使いは荒いし、世話するのも俺だったし、生活能力皆無だったから家事も全部こなした。喧嘩なんてしょっちゅうしてたよ。魔法でコテンパンにされるのはいつも俺だったけど。」

それでも楽しかった、と語るライゼンは静かに視線を落とす。

「身代わりでしかなかったってことを聞かされるまではな。」

当時、18歳になっていたライゼンはどうして自分を拾ってくれたのかと聞いたらしい。

リリーはあまりにも外界と関わろうとはしなかったし、来る客なんて魔族の襲撃か、媚びへつらって自分の子に教えを乞う人間のみ。

それらを全て拒絶して生きていたリリーの姿にどうして自分だけ?と思うのは当然だった。

そしてリリーはなんの嘘もつかず、馬鹿正直に自分の身代わりを果たせる役目を見出したからだと言ったらしい。

「これまでなんだかんだあったけど、師匠だと思ってた。師匠じゃないなら家族か。まあ関係性なんてなんでもいい。ちゃんと感情がある付き合いだと思ってたのは俺だけだったのさ。」

リリーは最初からライゼンを物扱い。
使い捨てできる駒だとでも思っていたんだろうと語るのだ。

「あいつは悪びれることもなく、俺が出て行くと言えば勝手にしろだと。身代わりが出ていっていいのかよって聞けば、」
「聞けば?」
「連れ戻すことくらい簡単だとさ。」

魔法は万能ではないが、人の意思を無視して行使することなど造作もない。

操り人形にするのも、嫌がる相手を転移させるのも。

「言葉もなかったよ。だから俺は飛び出して、あいつに好き勝手させないくらいの魔法を使えるよう必死に努力して…。でもずっとあいつに囚われた人生だと悟った時には努力することにすら怒りを覚えるようになった。」
「そりゃそうだ。」

好き勝手されたくない努力すら、全ては自分のためのようでリリーという大きな存在が背後にいる。

怯え続けることが嫌で強くなろうとしたものの、結局何をやったところでリリーの面影が付き纏うのだ。

自分のためではなくリリーのためになってしまっているのではないか?

何をするにしてもリリーが理由になって自分のためだと言い聞かせて、

けれど最終的に全ての努力はリリーが怖いから、憎いから、なんてものに繋がっていく。

人生の目的が全てリリーになる。

それは怒って当然だ。

「それにいつ呼ばれるかわからないって事にも絶望したしな。だから今はこんな場所で誰とも付き合わずに住んでる。」

大切な人を作ってもリリーに呼ばれたら身代わりにされる。

抵抗する気はあるが、実際どこまで対等にやりあえるかもわからない。

それに大切な人なんて出来て仕舞えばそれこそ弱みになる。

リリーのためを思ってしっかり努力してきたのに、リリーのせいで孤独に生きることしかできなくなった。

そりゃあ、リリーの存在そのものが怒りの理由になるっていうのも頷ける。

「で、ついに迎えにきたのかと思ったけど。あいつが迎えにくるわけない。自分の足を使うならとっとと魔法で転移させるだろうから今更なんの用かと思えば…っ。」

理事長にならないか、なんて虫が良すぎる。

今まで放ったらかしだったくせに、なんの謝罪もなければ言い訳すらしない。

突拍子もなく理事長になれなんて、…人と関われなんて言われてイラつかないわけがない。

何を企んでる、と聞いていたのはそういうことかと腑に落ちた僕はため息をついていた。

リリーの奴…、相手の気持ちがわからないのはあいつが長年引きこもっていたせいでもあるが…。

こればっかりはリリーの肩を持つ気はないな…。

自業自得すぎる。
…が、あいつにはライゼンを追い詰めているという自覚が果たしてあるのかどうか…。

むしろそこから怪しい。
人付き合いがからっきしなリリーが、果たしてそんな悪どいことを考えて実行できるだろうか?

人の人生を掌握することを躊躇うやつではないが、そんなことを考えて実行できるほどの頭はない。

あいつは研究などの勉学に関しては頭がいいかもしれないが、人としての頭は悪いからな。

「なあ?僕はどちらの味方かと聞かれたらお前の味方をする。内容だけを聞けばあまりにもリリーに非があるのはあきらかだ。でも、リリーに果たしてそこまで人の人生を操れる頭があるとは思えないんだが?」
「真顔であいつを貶す奴は初めて見た…。」

怒るとか反論とかより僕の真面目な意見に面食らっていたライゼン。

「そうか?リリーに対して臆することなく怒る人間は僕も初めて見たが?」

リリーは存在そのものが大きすぎるからな。

城の中でもリリーには極力関わらないようにと努めているものが多い。

それにリリーは人間嫌いでも有名である。

そんなリリーが久しぶりだと声をかける人間がいたことすら僕としてはびっくりである。

「ま…、悔しいことに俺はあいつしか知らずに育ったからな。」

リリーが国や人にとってどんな存在で、魔族にとっては汚名でしかなく、誰よりも長く生きている生命の持つ知識の深さや魔力への精通をライゼンは後から知った。

ライゼンからしてみればリリーはぶっきらぼうで、生活能力なんて皆無の、拾った子供に世話されないと何もできない大人に映っていたのだろう。

そしてそれを世話することも好きでやっていたというのに…。

「なあ?リリーに直接ちゃんと聞いてみないか?」
「今更?今更何をちゃんと聞くんだ?あの時面と向かってちゃんと話してくれたのに???」
「いや、どうにも腑に落ちないんだよ。」

イラついたライゼンを見て、僕はうーんと悩みながらも…

「身代わりにするための命だというのに、何故お前を理事長に推薦するんだ?」
「そんなの知るか。お前があいつの友達だから協力してるんじゃないのかよ。」
「友達だから協力するにしても、自分の身代わりを表舞台に立たせるか?身代わりなら誰にも知られずひっそりと生きていろと言うもんじゃないのか?」
「それは…、」
「それにだ。僕はリリーにお前が認める魔法使いはいないのかと聞いてライゼン殿を紹介されたんだ。身代わりなら紹介すらされないだろうし、そもそもリリーが素直に認める魔法使いだと公言しているようなものだ。リリーの代わりが効く命だと判断しているならそんなことしないと思うんだが?」
「…………。」

そう、なにもかもおかしいのだ。

ライゼンから聞く話しは大人として僕が一番嫌いな姿だった。

けれどリリーは実際、その話しとは矛盾した行動をとっている。

「だからもう一度、ちゃんと聞いてみないか?話しは僕がする。不可解なことを解決しないで無視し続けるよりはいいだろう?」

最悪な結果であろうと今に始まった事ではないし、なにか誤解があったのならそれはそれで話し合いが必要なはず。

僕はリリーに触られることが嫌じゃない。

それはリリーが大人ではなく純粋な心を宿していたからだ。

たしかに偏屈なところはあるし、変なところでムキになったり独占欲を持ったりするけど、

それを知っているからこそ、ライゼンに対するリリーの態度はあまりにも聞き齧りの話しと矛盾している。

僕の提案にライゼンはしばらく考え込んでいて、それから静かに頷いた。

「これ以上の真実があるなら聞いてやるのも一興か…。」

なんて態度で僕の提案を呑んでくれたライゼンをみて、僕はリリーの名を呼んだのだ。

するとどうやって聞こえているのかといつも思うのだが、リリーは僕が呼んだらすぐに転移してきてくれる。

今もそうだった。

やっと呼んでくれたとばかりに笑みを浮かべていて、

「話しは終わったか?どうだ?ライゼンは有能だろう?アーティの目に叶う男だと思うのだが?」

なんて言って空気を読まずにライゼンを自慢してくるのだ。

その姿にライゼンは不愉快そうな目を向けていたが、話をするのは僕だと言っていたから何も言わずにいてくれた。

「リリー。少し聞きたいことがある。」
「なんだ?なんでも聞いてくれ。」
「ライゼン殿からリリーとの関係を聞いたんだが、ライゼン殿を拾ったのはなんでなんだ?お前は人間が嫌いだろう?」

どうしてそんなことをしたんだ?と改めて問えばリリーは即答だった。

「俺の身代わりにするためだ。ライゼンにも話してあるが聞いてないか?」
「聞いたさ。その身代わりというのは具体的にどういうことなんだ?」
「俺は常に魔族から命を狙われているし、人間からも政治的な力として利用されるか、はたまた害悪になるか極端な見られ方しかしていないだろう?だから、俺が死ねば俺の研究した成果は自ずと誰かに奪われてしまう。」
「つまり、どいうことだ?」
「俺が死ぬことで俺の知識を悪用されることは許せない。だから身代わりが欲しかったのだ。俺が死んでも、俺の代わりにそれらを守り、或いは必要な時にきちんと使ってくれる者が必要だと思っていた。そこにライゼンが落ちていたんだ。」

魔力量は子供ながらに高かったし、拾ってみれば素直に学ぶことを全て吸収し、

魔法の面でもリリーが教えるものをきちんと身につけていった。

リリーは自慢気に、あれやこれやとライゼンが凄いことを語るのだ。

「見た目の色で人間はライゼンを見限ったのだ。やはり人間は好きになれないし、愚かで醜悪な種族だと今でも思う。…が、ライゼンとアーティだけは特別だ。人間が見限ったお前たちのほうが、俺は胸を張って自慢できる。」

なんなら捨てたことを後悔させてやれとまで言うリリーは、何故か得意気だった。

でもこれらの発言で僕はなんとなく理解したのだ。

「つまり、なんだ…?リリーはライゼンをどう思ってるんだ?」
「俺の代わりに俺の知識や経験、教えたことを踏まえて次の魔塔の主人になれる身代わりだと思ってるが?」
「……………はあぁぁっ。」

やっぱりな。
こいつに誰かの人生を掌握する算段なんて立てられる頭などない。

あまりにも引きこもり歴が長いがゆえに、言葉選びを間違っていただけのようだ。

「リリー。それは身代わりじゃなく、継承者と言うんだ。」
「む?どちらも同じ意味ではないのか?」
「全然違う。身代わりと言うのはお前の代わりに死ぬ命という意味だ。」
「なに?!それは違うぞ?!ライゼンには俺の知識や経験を全て与えている!死んでもらっては困る!!!」

リリーがびっくりて叫んだことに、ライゼンも驚いた顔をしていた。

こいつらは長年一緒に暮らしてきたくせに言葉選びの過ちだけ拗れていたということだ。

阿呆極まりない状況に僕も頭を抱えてしまった。

「す、すまない!ライゼン!お前が俺を毛嫌いして怒るのはそれが理由だったのか???俺はなんでそんなに嫌われているのかわからなくて、自由になりたいならと好きにさせたつもりでいたんだが…っ。」

あわあわしながらリリーはライゼンの周りをウロチョロしていた。

本当に、どっちが育ての親か全くわからない光景である。

リリーは元より深く考えない奴だ。

必要なものとそうでないもの、好きと嫌いがはっきりしている。

それだけで判断する奴だと知っている僕からすれば、ライゼンの話しは些かおかしいと思ったのだ。

やっぱりな、と思える光景にライゼンが僕をチラと見てくるので頷いておいた。

つまり、

「ごっふ…っっっ!!!???」
「紛らわしいんだよクソ野郎!!!!」

ライゼンが渾身の一発をリリーにお見舞いすることを了承したのである。

いや、殴られるだけで許してもらえるなら安いもんだろう?

ライゼンはこの数十年を孤独に暮らし、リリーの面影に怯えて囚われて、憎しみと怒りだけを募らせていたのだから。

「あ、あばら……絶対折れた……ッ。」

リリーはその場で跪いてぶるぶるしていたが、同情の余地はない。

ライゼンは拳を握ったまま、けれどすっきりとした顔でリリーを見下ろしていた。

「今更俺が大切だったって言うのか?」
「今更?今更ってなんだ?!拾った時から大切だったぞ?!」
「…っそれを踏み躙った言葉を安易に使ったんだろお前は!!!」
「す、すまない!そんな意味だとは知らなかったんだ!人間たちが媚びを売って教えを乞う時に、自分の子供は俺の身代わりになれるはずだと抜かす奴も多かったから…!」

それは単純に、政治的な力を求めるために子供を差し出すという意味だが、

リリーからしてみれば自分の代わりに今までの知識を守ってくれる存在になると捉えたのだろう。

そして魔力もさほどなく、頭の悪そうなガキに対してこんな奴に務まるわけがないと一蹴していただけのこと。

人との関わりが全くないリリーには人間の常識は勿論、言葉の意味や、駆け引きなんてものは全く理解できない世界なのだ。

そんな環境で見染めた自分の後継者がライゼンだったというだけのこと。

人間ではあるが、人間から見放され、迫害された命。

それはリリーにも重なるところがあり、なによりも見た目だけで判断して捨てた子供が実はめちゃくちゃ優秀だったという実力を備えさせたのだ。

全ては人間嫌いなリリーが、人間に捨てられた命を育てるに至るだけの人材だったから。

「今更すぎんだよ!!!俺がどんな思いでこれまで過ごしてきたかわかってんの…?!あんたの代わりに死ぬ覚悟すらして毎日怯えて暮らす俺の気持ちがわかるか?!」
「そんなつもりはなかったんだ!俺にとってお前は自慢の身代わり……っではなく、後継者だ!」

リリーが慌てて言うことにら嘘はない。

むしろあまりにも誠実だった。

だからこそライゼンはそれを容易く飲むことが出来ないのだろう。

これまで勘違いしていたことや、怯えて暮らしてきたことを踏まえた時間の長さを天秤にかけるとそんなの報われないと思っても仕方ない。

それでも、

「ライゼンと名付けたのは、東の国の由来を調べていた時に思いついたものだ。更なる発展と成長を願って名付けたものだ!お前を傷つける気なんて更々ない!お前は俺が認めた最初の人間なのだから!」

リリーのあまりにも誠実で嘘偽りのない言葉はライゼンの焦燥感も持て余す怒りも霧散させてしまうものだった。

悪気がなかったとはいえ許されないことをしでかしたリリーだが、

その事実を目の当たりにしてなんのプライドもなく謝れる奴だ。

僕はそんなリリーだからこそそばに置いている。

こいつは他人に興味もなければ人間嫌いも拍車をかけた奴だが、

率先して誰かを害そうとする奴ではない。

そんなリリーの姿に、発言に。
ライゼンはその場に崩れ落ちて泣いていた。

「それならそうと、もっと早く言えよ…っ!」

これまでの時間はなんだったのだとライゼンが悔やむ姿は痛々しく、

リリーは申し訳なさを滲ませながらライゼンの頭をポンと撫でていた。

「すまない。俺が無知なばっかりに、傷つけていたとは…。」
「……っ余計な知識は豊富なくせに!!!」
「余計ではないぞ?!俺の研究は何十年も先の技術に繋がっているんだ!」
「今そんなこと聞いてない!!!」
「そ、そうだった!すまない!」

ハッとするリリーは、やっぱりリリーだった。

こいつは研究オタクなだけで、人との関わりにあまりにも疎すぎる。

タチが悪いとも取れる世間知らずが招いたすれ違いは、

目をかけていた人間に対して叱られてしゅーんとしている姿に終わっていた。

そんな様子にライゼンも怒りの矛先に対して罵る言葉も失ったのか、ふっと笑って呆れ返ったように口を開くのだ。

「もういいよ。あんたのことわかってるようで何もわかってなかった俺もガキだったわけだ。」
「だ、だがこの数十年を無駄にさせたのは俺だ!」
「そうだな。でも魔法使いの寿命は人間の比にならないだろう?」
「…!」
「いいさ。あんたを慕ってたから憎んだし諦めたし怒りもした。あの時、言葉の意味を知っていて使っているのかどうか確認しなかったのは俺だしな。」

いつも確認していたのに、その時ばかりは目の前が真っ暗になったとライゼンは語る。

それほどまでにリリーを信頼していたし、力になろうと純粋な努力をしていたという意味だ。

リリーはそれを知っているようで無知なことが災いしてしまった。

「でもな。それでは俺の気が済まない!償いにすらなりはしないが、何か望むものはないのか?」

与えられるものならなんでもするとリリーが変な誠実さを発揮させることに僕とライゼンの視線が合わさった。

こいつは本当に思考がズレている。

まあこいつなりの誠心誠意な気持ちなのはわかるのだが、苦労するなと視線で語ってやるくらいには僕にもこの男の扱いはたまに面倒になるくらいだ。

下手に共感しているとライゼンは少しばかり悪い笑みを浮かべて僕を指さしてきたのだ。

「じゃあ、あいつが欲しい。」
「え…、僕?」

なんで僕?とびっくりしていればライゼンはにこやかに、

「あんたが俺以外に目をかけている人間なんだろう?興味がある。」

その言葉に呆然としていた僕だったが、リリーはすかさず「それは絶対ダメだ!ていうか無理だ!!!」と叫んだのだ。

なぜなら、

「アーティは俺のものではなく、俺がアーティのものだから譲るとか以前の問題なのだ!」

…と、生真面目に言い張るのだ。

これにはライゼンの方がアテが外れたと言わんばかりに僕を凝視してきたので思わず頬をポリポリと掻いてしまう。

「…っはあぁ?!今なんて?!あんたがこんな小僧のものだと?!何されたらそうなるんだよ!あんたほどの魔法使いがどうして人間なんかにへりくだってんだ?!」

どんな弱みを握られた?!と僕を一気に警戒して敵意を向けてきたライゼンだが、

何故かリリーが頬を赤らめながら、

「そ、それはその……。知的好奇心からの一目惚れというか……。」

ゴニョゴニョしているリリー。
なんなんだその根拠も証拠もない理由は?

思わず呆れた僕だったが、ライゼンはポカンとしていて僕とリリーを交互に見るのだ。

なにかを悟ったのか?それともリリーのこういう態度を見たことがあるのか。

わからないが僕には今のリリーの心境など理解できない。

「なんなんだその理由?!正気か?!」
「正気も何も、俺はアーティのためなら力を貸すと約束した。魔塔から出て楽しい時間をアーティとなら築けると思ってついて行ったのだ。」
「万年引きこもりのあんたが塔からでたのか?!」

マジか?!と驚くライゼンの反応は大袈裟すぎやしないかと思うが、

そう言えば皇帝陛下並びにその下々の者たちも驚愕していたっけ?と思い出す。

「よ、よいではないか!俺だって楽しむ権利はあるだろ!今までそういう奴がいなかっただけだ!友人になりたいと思ったのだ!」

だからアーティに危害を加えるならたとえお前でも許さんぞ!とリリーが言い募ることにライゼンは少し考えを巡らせてからため息をついていた。

そして、

「あんたちょっともう一回退席してくれ。」
「な!はあ?!俺はアーティに呼ばれてきたのだ!お前のいうことを聞く必要がどこに…!」
「欲しいものはないかと聞いたよな?じゃあ退席してほしい。」

こういう対人との交渉においてはリリーよりもライゼンが格上のようだ。

にこやかに告げられたリリーがうっ、と言葉に詰まり、僕を見て助けを求めてきたが知らんぷりしてやった。

そのせいで余計しょぼくれたリリーが転移を使って消えるのも早かった。

そうして再びライゼンと二人きりになった僕は、ライゼンが何を聞きたいのか待ったのだ。

すると、

「あんた、アーティって呼ばれてたが本名は?」
「アーティス・べレロフォン。アーティは愛称だ。」

それを言うとやはりライゼンも悪女の噂は聞いていたようだ。

警戒とリリーを守るための敵意を静かに潜ませながら僕の目の前に再び座ってきた。

「あの人はあれで純粋だ。少々思考はズレているし、偏屈でもあるが、俺はあの人を人間の欲望渦巻く政治の世界で道具になんかなってほしくない。」
「それは同感だ。僕もそんなことは望んでいない。」
「その言葉、信じろとでも?」
「信じてもらわないと話しが進まないんじゃないか?」

静かに見つめるとライゼンは眉根を寄せつつも、話を続けてきた。

「理事長への着任。それが用事だったな。俺がそれを引き受ける代わりに何を用意してくれるんだ?」
「ふむ。交渉には慣れているようだが稚拙だなお前は。」
「なに、」
「外界から離れてどれくらい経つんだ?交渉したければ己が有能なことを先に示してからでも遅くはないというのに…。よっぽどリリーを守ろうと焦っているのがよくわかる内容だったぞ?」
「…っ、」

はてさて、この幼稚な交渉人とどう接したものか…。

あくまでもライゼンにとってはリリーが全てだ。

そういう環境で育ってきたからこそすれ違いで拗れた喧嘩は長引いたが、

仲直りもやけにあっさりしていた。

それはライゼンがリリーに一言、誤解だと言って欲しかったに過ぎない拗らせようだったということ。

リリーに裏切られた事実をきちんと説明して欲しかったのに、あの万年引きこもりはまるで悪気がなかった分。

ライゼンを放置していたのだ。

それが解消されて仕舞えば数十年の孤独すらそれだけのことだと言えるほど、魔法使いにとって短い年月だと言い切れてしまうライゼン。

それは純粋にこいつの魔法使いとしての能力が高いことを示す。

魔法使いだから寿命が長いとは言うが、それは使い手が本当に魔力を自在に操り、魔力量が桁外れに高い時に言えるものだ。

本来であればその頂に立つことなど叶わないほどに、魔法を学ぶものが目指す場所といっても過言ではない。

それを当然のように言い切るライゼンはさすが、リリーに教えてもらっていただけのことはあるということだろう。

でも僕にとってはそれだけのこととも言える。

「……そうだな。焦って話しを進めすぎた。だがそれを可能にできる魔力と実力はあるつもりだが?」
「なるほど。次は脅しか。全くもって幼稚だな。」
「なん…っ!」
「あのな、リリーを守りたいのも大切に想っているのも伝わるし理解している。…が、リリーに関わる人間全てを警戒してどうする?あいつは誰かに守られないと生きていけないような奴ではないだろう?」
「人間は狡猾だ…!俺はこの目で見てきたし、幾度となくあの人に汚い手を使おうとした人間を葬ってきた…!お前がそうじゃないと何故言い切れる!」
「リリーが僕を信頼するように、僕もリリーを信頼している。それでは足りないか?」
「………表面を取り繕うのは人間の得意技だ。」
「ふむ。」

全く、こいつもリリーと長年いたからなのか、中々人を信じないな。

拗らせるにも程がある。

狭い世界で生きていたからこそ視野は狭く、全てはリリーのためにと動いてきたことも窺える発言ばかりだ。

「じゃあお前も僕に隷属の魔法を使えばどうだ?」
「な…!」
「リリーにもさせたことだ。僕が嘘をつかないよう命令して話せば納得するだろう?」

それほどの効力を持つ魔法なのだから、と言えばライゼンは面食らっていた。

…が、僕の言葉をまるで信用しない奴を相手にこれ以上会話するのは無駄だ。

リリーを呼んでもいいが、ライゼンが納得はしないだろう。

リリーが言うならと一旦引き下がるかもしれないが、僕のことを警戒して見張ってくるだろうからあまり意味がない。

理事長になってほしくて来たというのに、僕の監視で精一杯なんてことは望まないしな。

そんな僕の目の前ではライゼンが疑うような眼差しで僕を見て来たが、やはりあの師にしてこの弟子ありというか…。

次の瞬間には躊躇いもなく隷属の魔法を行使されていた。

まったく疑り深いリリーの下で育ったやつもかなり疑り深い。

「もう一度聞く。あの人をどうやって懐柔した?」
「特に何もしてないが?今と同じように隷属魔法をかけさせて話しをしただけだ。」
「それでどうして人間にへりくだるんだ!」
「そんなことは知らん。あいつが勝手に押しかけてきただけだ。」

僕の回答にたいして隷属魔法が全く働かないことは、嘘偽りがないことを示す。

だからこそライゼンは動揺していた。

「じゃ、じゃああの人をどうする気だ?!あの人の力をお前は望むことで使える状況だということだろ?!あの人を自分のために利用するのか?!」
「それはそうだな。僕のために力を貸してくれるなら使うさ。」
「この…!」
「まあでもお前の考えている使い方とは違うぞ?僕はあくまでもリリーの意思に委ねているし、あいつが嫌がるようなら強制なんてしない。したこともない。それに政治やらなんやらのために使う気も更々ない。」

むしろ僕がそんなものに関わりたいとは思ってないのだから。

「あくまでも、僕は僕のためにリリーを頼っているだけだ。僕は僕のためにしか動かない利己的な人間だ。だが、僕は金や権力、名声や地位なんて欲してないし別にいらない。」
「じゃあ何を望むっていうんだ!」
「平和で安全な快適ニートライフかな。」
「は?」
「まあ要するに引きこもってぐうたらしたいだけだ。」

ケロリと言えば魔法は全くもって発動しないし、目の前のライゼンは唖然としているだけ。

だって本心だからな。

出来れば政治とかそんなものに関わりたくないし、ゆくゆく小説にも描かれていたヒロインとも関わりたくない。

悪女として死ぬ気はないし、権力争いに参加する気もない。

皇帝になんかなりたくはないし、わざわざ危険に飛び込むつもりもない。

だからこそ今があるのだ。

「まあその過程で色々と問題はあるし、無能な今の皇帝を裏から支持してはいるが不本意でしかないのも事実だ。」
「その発言、まるで裏から皇帝を操っているように聞こえるが?」
「あながち間違ってはない。…が、強制もしていない。本来なら僕は次の皇帝が決まるまで軟禁されている身だしな。」
「え…、」

ことの経緯を全て話してやればライゼンは言葉にならないと言いたげにあんぐりとしていた。

最初は僕だって時期皇帝が決まるまでの間はくつろげるし引きこもれると思ってぐうたらしていたのだ。

それがあろうことか国の有事に関わることになり、問題を解決してやれば次から次へと問題が舞い込むようになっていった。

ほんとうは何もしたくないし、何もする気はなかったのだが。

まあ、裏で権力を握れる立場というのも色々便利ではある。

別にそれを利用して皇帝になりたいわけではないが、あの無能の判断に任せていたから国が滅びるのも容易に想像がつく。

アレン程度に苦戦して国政が傾きかけていたのだから。

全くもって不本意ではあるが、僕が引きこもり生活を維持するためには必要なことだ。

まあそれに無能ではあるが、僕の好きにさせてくれるだけ有能とも言える。

変化や偏見を見直して、自分では何もできないことを認めなければ僕に頭を下げたり、僕のやり方にギャンギャンいうだけで罰したりはしないなんて普通では考えられないからな。

「他に聞きたいことは?」

まだあるか?と僕が尋ねるとライゼンは険しい顔をしていたが、魔法が発動しないことが全ての証拠であり根拠であることを認めた様子だった。

次の瞬間にはため息をついて肩の力を抜き、僕にかけた隷属魔法も解いてくれていたのだ。

「あの人が懐くわけだ…。」
「む?なんだそれは?」
「キブリー・ロンベルトは嘘や誤魔化しを一番嫌う。真実を追い求める研究者とはそうあるべきだと幼い頃に教えられた。」
「あいつらしいな。」

まあだからこそ実直すぎて無知というのもこんなすれ違いを引き起こす要因になったわけだけど。

「お前の言葉は全て真実だった。認めざる終えないだろう?俺以外の人間にあの人が目をかけたことを。」
「尊敬しているんだな。」
「当たり前だ!魔塔の主人は誰よりもすごくて格好いいんだ!」

ライゼンはリリーに育てられたとよくわかるほどに、その根本は子供のようで純粋な心根を宿していた。

それに加えて魔法の技術と飲み込みの早い素直さ。

交渉においてはまだまだ稚拙だし、見様見真似というのもわかる代物ではあるがリリーよりマシだ。

あの実直馬鹿は腹の探り合いとか全くできないやつだからな。

それらを踏まえるとこいつは確かに学園の理事長候補としては有望株だ。

交渉やら政治のイロハさえきちんと教えてやればすぐものにするはずだ。

そこへの労力や時間は何も惜しくない。

僕が教えられることを教えて、実践して貰えばいいだけだ。

まあそれに、リリーの弟子だと明かせばライゼンに逆らえる奴もいないだろう。

明かすタイミングは見計らわないとならないが、今のところこいつほど理事に向いているものもいない。

「では本題に入ろう。王立学園の理事長になって欲しい件だ。」
「ああ、そういえばそんな理由で来たんだったな。」

ライゼンは先ほどより砕けた態度で僕の話を素直に聞いてくれた。

全く、そういうところもリリーとよく似ている。

「未来を担う有望な子供達だ。教養と成長するために必要な環境を整えてくれる人材を探していた。リリーは魔法使いとしては有能でも、経営に関してはからっきしだ。その点、ライゼン殿は見込みがある。」
「買い被りすぎじゃないか?それに俺はあの人のそばに居たい。」
「そんなことはない。これまで話して判断したことだ。経営や政治、交渉については僕が直接教えよう。リリーに会いたければいつでも会いに行けばいいし、同じ場所で住めばいい。理事長になったからといってライゼン殿の自由を拘束するわけではないからな。」

役職を与え、地位を与え、表向きの活動をしてもらうだけだ。

仕事をしながら空いた時間に何をしようが咎める理由などない。

そう話すとライゼンはふむ、と考えを巡らせていた。

というか、

「俺には教養なんてものが全くない。あの人から教わったことは魔法や研究に関するものばかりだ。それ以外の知識や常識を教えてくれる者もいなかった。教わりたくても信用できない人間に近づくのはもってのほか。それをあんたが教えてくれるのか?」
「そうだ。不満か?」
「まさか!寧ろこっちこそお願いしたい!あの人は人間に疎すぎて俺もどこまで踏み入っていいかわからなかったんだ!あの人の力になるためには人間社会を知る必要があるのに、その術もなかった!」
「お、おう…。」
「あの人を守れるだけの地位と権力を人間社会で身につけられるなら願ってもないことだ!!!これからは先生と呼ばせてもらっても?!」

キラッキラ輝く顔は全てリリーのためという理由ではあったが、

隷属魔法のおかげで信用してくれたのはいいんだが、この砕けっぷり…。

本当にリリーにそっくりである。

一度信頼したら疑わないところがまさしくな!

「呼び方なんてなんでもいい。好きにしろ。」
「では先生!これからよろしく頼む!」
「こちらこそだ。」

すごいすんなり了承してくれたな。

いや、助かるんだけれども。

だからってさっきまで警戒心の塊だったライゼンが犬のように尻尾を振って僕を見つめて来ているのだ。

うーん……嫌な予感がする………。

というか、

「先生!今日からはあの人と先生が俺の全てだ!先程までの非礼を詫びると共に、俺は先生のためならなんでもすると誓う!あと先生の一番自慢の生徒になるために努力する!!!」

リリーがもうひとり増えたような気分だった。

思わず顔が引き攣るくらいには懐かれる勢いが凄まじい。

「その前にお前は自分の格好をどうにかしろ。見た目が最悪だ。風呂に入ってないのか?」
「ん?ああ!俺は保有する魔力量が高すぎるからある程度で成長が止まったんだ。人間社会でそれは有り得ないことだし、目立つだろう?だからわざと老けたように見せるためにこの格好だったんだが、先生が言うなら元に戻す。」

ライゼンはペラペラと喋りながら魔法を駆使して、目の前で瞬時に今までのみすぼらしい姿を変えていたのだ。

サラリとした黒髪は癖っ毛で肩につくかどうかというもの。

保有する魔力量が高いというだけあるその黒い眼差しは宝石眼だった。

つまり、時期皇帝の継承権を持つことを意味するのだ。

しかもあれだけ汚らしい格好だったやつが実はめちゃくちゃ美男子だったというありきたりな件に関してはもう言葉がなかった。

リリーと違ってその容姿はミステリアスに見えるが、心を開いた相手には満面の笑みを見せてくれる中世的かつ懐っこい眼差しを向けてくれる。

なるほど。
嫌な予感はこれか。

まさか宝石眼をもつ人間を見つけてしまうとは。

しかも連れ帰ったらまた皇帝陛下が青ざめて訪問して来そうな案件だ。

やっぱり皇帝の座を狙っていたのか?!なんて言われてもおかしくない。

それにライゼンはリリーと僕のために必要な権力と地位を求めている。

これはかなり…、いや確実に。
大問題に発展しそうな予感がする。

というか絶対大問題だな。

うむ。まああの皇帝陛下になら事情を説明すればなんとかわかってくれるだろう。

そうでなければあの国を捨てるまでだ。

簡単に結論を出した僕は目の前で尻尾を振るライゼンを見つめて、リリーと同じならと…

そっと手を伸ばし、ライゼンの頬を撫でてみた。

嫌悪感はない。
ゾワゾワもしない
気持ち悪くない。

その事実を確かめたかっただけなのだが、ライゼンは何を思ったのか嬉しそうに僕の手にすり寄って来た。

「先生の手はすごく華奢だな。まるで女みたいだ。」
「女だが?」
「え、」
「ん?」

あれ?わかってなかったのか?
もしかしてずっと男だと思って対応されていたのか???

アーティス・べレロフォンだと名乗ったからてっきりそこで理解したと思っていたのだが、

考えてみればこいつもまた世間知らずなのだ。

悪女だなんだという噂は聞いていたとしてもそれは悪いやつだと認識する程度のもので性別の区別なんてついていなかった可能性は非常に高い。

それを示すかのように目の前のライゼンは面白いくらい停止した状態で石化している。

そして次の瞬間には、

「ええええええええええええぇぇぇぇぇつっっっ!!!!!!!」

大声で叫んでいた。

耳がキーンとするほどの叫び声にたじろいだ僕だったが、ライゼンは確かめるように僕に触れて来て、

なんなら前世ではふくよかとは言い切れなかった胸だったが、アーティスになって彼女のスタイルのいい身体は胸もそれなりに豊かだった。

そこをふに、と揉まれてビクリと反応してしまうのは生理現象である。

「…っどこ触って!」
「ほ、ほ、ほんとうに女だ!?」
「だからそう言ってるだろうが?!」

リリーでもそこは区別がついていたのにこいつはそれがないらしい。

身体を触って確かめて、初めて意識するくらいには女と接したことすらない反応である。

「す、す、すまない!俺はその、あの人のことばかりで女がどういうものかは知識として知っていても、数人と会話したことはあるがどれもこれも動きにくそうな服を身に纏って髪は長く、キツい匂いと宝石を散りばめたやつしか知らなくて…!」

それは所謂、貴族令嬢の典型的な姿しか知らないということだ。

まあ確かに僕は髪も切ったし格好も男ものだし、香水なんてつけないし、アクセサリーもつけてないからな。

貴族令嬢しか知らないライゼンの反応も理解できる。

「ったく、僕だから良かったものの。他の女にそんなことしたらセクハラで訴えられるぞ。」
「見た目からして女とわかる見た目をしてたらこんなことはしない!」
「悪かったな、女らしくなくて。」
「あ、いや!そうじゃない!そうじゃなくて…!俺は先生の方が好みだ!」
「はあ?」

言ってからカアッと顔を熱くするライゼンは慌てて顔を逸らしていた。

なんというかものすごいウブな奴だ。

ていうか僕は今、サラッと告白されたのか?

いや、そんなことあるわけないか。

言葉の綾だろうと思い直してライゼンを見つめていた。

「貴族令嬢として当たり前のものを全て捨てた僕だ。女扱いなどしなくていい。…が、生物学上、女であることは変わらない。そこばかりはどうにもならないからな。接しにくいなら男扱いしてもらって構わないぞ。」
「そ、そんなことしない!というか今更できない…!あなたは俺の先生である前に可憐な女性だ!必ず守り通すと誓うし、何かあれば駆けつけると約束する!」

これでも実力はある!とライゼンが言うことに、僕は首を左右に振っていた。

「その必要はない。同じことを言って側にいてくれる奴がいるからな。」

そう、僕にはリリーがいる。
ライゼンにまでそんなことは求めていない。

あくまでも理事長に着任してほしい人物を探していたにすぎず、ようやくその逸材を見つけたというだけだ。

僕が教えることだってライゼンにとっては願ったり叶ったりのことだとしても、こちらからすれば当然のこと。

大袈裟にする気はないし、そこまでしてもらう必要もない。

それを告げるとライゼンは何故かムッとした様子で僕に迫ってきたのだ。

「あの人より俺はいくらか常識的だし、役に立てる!あの人は凄い人だが、それだけだ!先生は俺よりあの人が…!キブリーの方が良いと言うのか?!」

…と、リリー並みに変なところで張り合ってきたのである。

そういうわけじゃないんだが…。

僕を守ってくれる奴らは足りているというだけのこと。

リリーがいるのにその弟子まで同じことを言ってくるのはとてもありがたいが、別にそんなことは求めていないのだ。

それでも、

「俺は先生の為なら理事長にでもなんでもなるし、地位と権力を手に入れて有効活用をしていくつもりだぞ!」
「リリーのためだとさっき言ってなかったか?」
「先生のためにする!気が変わった!」
「掌返しが早すぎないか?」
「あの人ばっかりずるい!」
「ガキの言い分じゃないか。僕は別にライゼン殿を蔑ろにするつもりは…、」
「ゼンと呼んでほしい!あの人も愛称で呼ぶなら俺も!」

ムンと言い放つライゼン、もといゼンの融通の効かなささと実直馬鹿な面はリリーに被る。

そんなところは似なくてよかったのに…。

扱いづらいことこの上ない。

「ゼン、僕は別に自分の護衛を増やすために来たわけじゃない。未来を担う子供達のために勤めを果たしてくれる誠実な人材を探していただけだ。」
「それはもちろん、期待に応えるつもりだ!だからってそれだけしか求められないのは不本意だ!俺は理事もしながら先生のために動けると自負するくらいには実力を持ってるつもりだぞ!」

食い下がってくるゼンを前にするとどんな言葉も無意味だなとわかる。

何故かこいつ、リリーに張り合うのだ。

リリーを大切に思っているし尊敬もしていると言うくせに、僕がリリーだけで良いと言うことには納得いかないらしい。

なんて面倒な師弟たちだろうか。

「わかったわかった。ゼンがそう言うなら必要なら呼ぶようにする。」
「必要じゃないと呼んでくれないのか?!」

ガーンと音がしそうなほど落ち込むゼン。

見た目はミステリアスでどこか仄暗さすらあるというのに、懐いた相手への感情の起伏は素直すぎるほどだった。

めちゃくちゃ面倒くさい!!!!

リリーが二人いるような感覚はあながち間違ってなかったようだ。

リリーだけでも面倒だと言うのに同じタイプの人間が縋り付いてくるのだから。

まあそれも好意と信頼があってのもの。

能力だけ見ればリリーよりも逸材だ。

けれどリリーたちのように常に僕のそばに居てもらう必要がない。

そういうのは足りているからな。

つまり、

「ゼン、お前に僕の護衛にはふさわしくない。」
「え、」

あからさまに落ち込むゼンだったが、僕は迷わず続けていた。

「お前はリリーと違って人間社会で地位と名誉を勝ち取っていける存在だ。それはリリーよりも優秀で貴重な人材という自覚を持て。」
「…!」
「僕のためを思うなら、確固たる地位と権力を有してくれ。僕に時間を割くのなら自分のために時間を使え。お前はきっと、誰からも必要とされる人材になる。けれど僕に必要とされることだけを望む人材になってくれるならこれほどありがたいことはない。」
「も、もちろん!もちろんだ!そのための時間や労力はいとわない!俺はあの人も大切だが先生のためならなんだってする!先生の望むことしかしたくない!」

言い切りやがったなこいつ!と思ったのはいうまでもない。

この短時間で随分と懐かれてしまった。

まるでリリーと出会った時を思い出すほどのデジャヴ感だ。

けれどリリーと違ってゼンはありとあらゆる学びの元、誰かのために何かを成し遂げるということをきちんと理解している。

リリーにはそんな考えがないから余計に逸材だなと思うのだが、

それが僕の望みだけしか聞かないなんてセリフ付きなのはかなり重い。

リリーと似ていて変なところで独占欲というか…、盲目さを発揮してくれている。

即座に断りたいがそれを良しとしない食い下がりっぷりを見てしまうと、こちらが折れるしかない。

「リリーを守ることを優先していた男の言葉とは思えないな。」
「だって先生があの人ばかりを求める発言をするから…!俺はあの人の世話ばかりしていたし、あの人の無能さも知っている!俺の方が役に立てるのにそれを理解してもらえないのは腹が立つ!」
「理解していないわけじゃない。護衛は足りていると言うだけのことだ。そもそもゼンを独占しようと思って尋ねたわけではない。」
「俺を独占してくれないなら先生の言うことなんか聞かない!先生と呼ぶのもやめてやる!!!」

ガキかお前は?!!!と言いたくなった僕の気持ちは理解いただけるだろうか?

全く、本当に変なところだけリリーそっくりだな!

頭を抱えた僕は何を言っても無駄すぎる相手を前にため息をついてわかったよと折れるしかなかった。

ただ、

「ゼンにリリーと同じ役目は求めてない。そこらへんに関しては追々教えていくからそのつもりでいろ。お前は僕のものだとみんなに知れ渡るのは避けたいんだ。あくまでも影の存在で表舞台に立ちながら僕のために動いてほしい。」

簡潔にやって欲しいことを言えばゼンは目をキラッキラさせて何度も頷いてきた。

本当に、つい先程警戒されていたことが嘘のようである。

中身はからっきしガキンチョだしな。

いや、それは多分心を開いた相手にのみなのだろうが…。

まあいい。
取り敢えず理事長に着任させる人材を得たのだ。

あとはどうにでもなるだろう。

そう区切りをつけた僕はゼンを連れて部屋に戻ったのである。


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