もしも黒猫様が悪女に転生したら10

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程なくして城中に魔塔の主人が塔から出てきたということが広まっていた。

皇帝陛下すらも慌てて僕の部屋まで来たくらいだ。

そして本当にリリーが僕に懐いている姿を見てドーンと口を開けたまま数秒固まっていた。

ジーナはもう解雇するか?と思ったが、取り敢えずそれは後回しだ。

「お前は一体なにをしたのだ?!どういうことだ?!キブリーをどうやって手懐けた?!」

そしてユランとアレンが叫んだことと全く同じ内容を問いかけてきた。

「なんにもしてないって言ってるだろう。」
「そんなことあるわけないだろ?!これまで一度たりとも人間に協力などしなかった男なのだぞ?!どうやって口説いた?!」
「口説くって…。ただ話し合っただけだぞ。」
「ただの話し合いで口説けるならもっと早く出てきていたはずだ!」
「馬鹿ばっかりだったんだろう。なあ?リリー?」
「ああ、馬鹿ばっかりだった。俺様の知識を与えたところで理解もできない奴らだったことは間違い無いな。」
「とのことだ。」
「それで納得できるかーーーー!!!!」

キーンと響き渡る叫び声。
皇帝陛下がご乱心だーと心の中で棒読みしてみたが、面白くなかった。

「納得しろとは言ってない。でもこれが事実だ。だから帰れ。」
「お前な?!次から次へと驚愕するようなことばかりやってのけおって!キブリーのことなぞ初代皇帝からの歴史だったのだ!それを覆したことがどれほどのことかわからんわけではないだろう?!!」

まあ、皇帝の言うことも一理ある。
この噂はもう止められないだろう。

僕がリリーを連れ出した。
それはリリーが僕にだけ知識と力を共有するってことになる。

隣国は勿論、リリーの存在価値は人間にとって脅威にもなるし得るものも豊富。

味方につけられれば最高だが、敵に回るとなれば真っ先に狙われるのは僕だ。

だがな?

「僕だってこうなるなんて思わなかったんだよ!理由ならこいつから聞いてくれ!僕は単純に資料を読みたかっただけだ!!!」

実際それしかしてないしな。
どこでどうなってこうなった?!と聞きたいのは僕も同じだ!

しつこすぎるのでリリーに丸投げしたらこいつは一言。

「アーティだから。理由はこれで十分だ。」

とのこと。

もう少し周りを納得できる表向きの説明をしてほしかった!!!!

余計に僕が睨まれてるじゃないか!

チラとリリーを見てなんとかしろと訴えると、リリーはため息を吐きながら、

「初めて好感をもてた者に対して理由など要らないはずだ。お前たちは我が子を愛するのに理由があるのか?友と語らう楽しみに理由があるのか?一緒にいたいと思うことに理由がいちいち必要か?」
「……っですが、あなたの影響力はあなた自身がよくご存知のはず!我が国で保護したのも偶然であり、国の所有としているわけではありません!この事実だけを聞けば、我が国があなたを所持したように聞こえてしまうのです!」

次から次へと問題ばっかり!と皇帝陛下の視線が突き刺さる。

僕のせいなのか?と思ったが、そうなんだろうな。

国の体裁を考えるとこいつは誰にも心を開いてはならなかったのだ。

そして実際、初代皇帝の頃からリリーは誰にも心開かず誰の所有にもならなかった。

それは国としては有難いことだったのだ。

あわよくばとリリーを味方につけたい人間もいただろうが、全て撃沈してきたのだし。

そういう存在だということを踏まえると、由々しき自体というわけだ。

「そんなものは知らん。俺は別に誰のものにもなったつもりはない。アーティと語らうのが楽しいだけだ。」
「そんな…!そのアーティスがあなたの好意のみで狙われるとしてもですか?!」
「そんなことはさせん。俺を敵に回すのならそれなりの報いは受けるだろう。」
「ですが…!」
「くどい。アーティは守っても国の有事に関わるつもりはない。」

いやいやいや!それはないだろう?!
お前のせいで僕の安全快適ライフが水の泡になるとかふざけんなよ?!

リリーに任せてもダメダメすぎた!
もう聞いてられん!

これでは皇帝陛下からせっかく得た信頼すらドブに捨てているのと同じことだ!!!

「もういい!リリー!お前はもうしゃべるな!」

僕が割って入るとそんな口の利き方やめてくれ?!と皇帝陛下が顔を青ざめさせていたが、

「むう。俺は役に立てなかったか?」
「ダメダメだ!全部ダメだ!赤点だお前は!」
「どこがだ?お前だけは守ると誓うぞ?」
「そういうこと言ってるんじゃない!そうじゃないんだよ!この国がどうにかなってしまったら僕はどこに行けばいい?!」
「俺と暮らそう!そうしよう!」
「この馬鹿を懲らしめてくれユラン!」
「無茶振りしないでください!キブリー様はあなたの言うことしか聞かないじゃないですか!死ねって意味ですか?!」

くそめ!どいつもこいつも!!!

「いいかリリー?一緒に暮らすとしてもどの国にもお前は国籍すら置けない身なんだぞ?この国が滅んだとして、次の国に行けばそこも破滅させられる。要は国の権力争いにお前が要になってるんだよ!わかるか?!」
「俺はそんなことに加担しない。」
「お前がしなくてもするかもしれない可能性があれば潰されるんだよ!人間のエゴと欲望はそういうもんなんだ!それをどうにかしないとどこに行ったって意味がない!」
「ではどうすればいい?俺はアーティと語らいたいだけだ。」

シュンとするリリーを見て周りは唖然としている。

最強と謳われる男が僕に説教されて縮こまっているからだろう。

だがそんなことは関係ない!
今は僕の安全快適ライフの危機なのだ!

「もうこの際だ。リリーの国籍をこの国に置こう。」
「正気か貴様?!そんなことをすれば…!」
「堂々とリリーの存在を誇示できる。違うか?」
「…!」

皇帝陛下がハッとしたように僕を見つめて「末恐ろしい奴だな…っ」と呟いたのだ。

けれどこうなったら仕方ない。
先手を打つべきだ。

「リリーの存在価値はどの国も知っている事実だ。ならばこちらが本当に所有したと思わせた方がいいだろう?下手に関係ないと言い張ったって無意味だ。なんの信憑性も根拠もない。」
「う、む…。」
「国家権力のバランスが崩れるのをわざわざ見る必要はない。こちらから崩してやればいい。この国に何かしでかせば、国ごと滅ぼせるキブリーが出てくると畏怖させておくんだ。」
「だが、そんなハッタリ通用するか…?実際、国のために力を貸してくれる気はないというのに…。」
「貸すさ。僕のためになることでもあるんだ。そこは協力してもらうぞリリー?」
「ああ、お前が望むなら構わんぞ。」

二つ返事で頷くリリーに皇帝陛下もあんぐりである。

こいつ、歳のわりに老けるの早そうだなとか思ってしまった。

確かまだ40代前半じゃなかったっけ?

「次の首脳会議はいつだ?そこにリリーを連れて行けば信じざる終えないだろう?誰も何も言えなくしてやるんだ。」
「まだ半年先だが…。私にそんなことできるか…?そもそもキブリー様を従えて歩くなど末恐ろしいのだが?」

ガクブルしている皇帝陛下の言わんとすることもわかる。

実際それだけの存在だからな。

「いいや、その場には僕が代理で出てやる。継承権返上はまだ誰にも話してないんだろう?」
「それはそうだが…。いいのか?お前は表舞台に立つのを嫌がっていただろう?」
「表舞台っていうのは国民の前に立つことを言うんだよ。各国の主要人物が集まる会議に国民の目はないだろう?」
「まあ、それは…。」

そうなんだが、とモゴモゴする皇帝陛下。

「まだ何か心配事があるのか?」
「お前を出席させることが一番心配なのだ!」
「ああ、そっちか。安心しろ。舐めた口聞いてくる奴は論破できる自信がある。」
「それが心配だと言っておるんだ?!わかるか?!次から次へと問題ばっかり持ち込んできおって!!!世界中の要人が集まる会議で何をしでかすかと思うと気が気ではないのだぞ?!」

頼むからもうこれ以上の問題はやめてくれ!と泣きそうな陛下。

これにはユランやアレン、ジーナに陛下の護衛も首を全力で縦に振るという事態に…。

そんなこと言われても問題を起こしたくて起こしているわけじゃない。全部たまたまだ!

僕だってぐうたら生活を満喫したいのだ!

「僕に楯突く奴は国ごと破滅させるから心配するな。」
「だからそれが一番心配なんだと言っておるだろう?!」

寧ろ相手が哀れだ!と皇帝陛下が言うことには知らんぷりだ。

「いいじゃないか。これを機に領土拡大。世界統一でもやってみるか?」
「絶対嫌だ!!!命がいくつあっても足りんわ!?」
「だよな。冗談だ。」
「お前が言うと冗談に聞こえんのだ!やめてくれ?!」

胃薬を…、と侍女に言って飲んでいるくらい肝の小さい男だからなあ。

デーンと座っておけよ、と思うがこういう男だから裏で楽できるのだ。

「まあ諸々の責任は取るし、うまくやってやる。心配しないで仕事に戻れ。リリーに関わることを聞かれたら首脳会議で全て話すと流しておくんだ。」
「めちゃくちゃ不安だ…!」
「なにがだ?」
「お前に逆らう者の末路がだ!!!」

好き勝手させておいてよかった、本当によかったと、皇帝陛下が呟くことに僕はにっこりと笑ってやった。

笑顔が一番人に安心を与えるものだと聞くが、笑顔は時として…

「お前の耳に入れないところで処理するからそんなくだらないことは考えなくていいぞ?」
「〜〜〜〜〜っこんな時だけ笑うな?!」

真っ青な顔で走って逃げ出した皇帝陛下をやっと追い出し……、いや見送ってから僕はソファになだれ込んでいた。

マジで疲れた。
しかも課題が山積みだ。

取り敢えずリリーの国籍のこと諸々の手続きは陛下に任せるとして、

あとは舐められないように、この国に手を出すことすら諦めさせておく必要がある。

それは首脳会議という絶好の場があるから、なんとかなるだろう。

「あー、しんど。」

僕がパタパタ足を動かすと、それまで黙っていた奴らが…

「はしたない!ちゃんと座ってください!寝るならベットに行ってください!!!」
「お前は本当に小姑みたいだなユラン。さっきの今で僕に言うことはそれなのか。」
「私はアーティス様にお仕えする騎士です。主人の決めたことにとやかく言う気はありません。」
「ふうん?」

べレロフォン嬢からアーティス様に変わっているな。

それだけ信頼はしてくれてるととって良さそうだが、早く座ってください!と小言がうるさい。

「アーティの側って飽きないねえ〜。見た?皇帝陛下のげっそりした顔?」
「アレンも驚いてたじゃないか。受け入れ早いな。」
「まあびっくりはしたけどさ〜。アーティって別に悪い子ではないじゃん?付き合ってみると楽しいし。」
「そんなこと言われたのは初めてだな。」
「そう?みんなわかってないんだねえ〜。」

ソファの下で僕を覗き込んでくる天使の顔した泥棒の楽観的な性格は落ち着くな。

僕の頭を撫でてきながらお疲れさま〜なんて言ってくれるし。

そんな僕たちに、

「俺のものに触れるな!」

リリーが僕を抱き上げてアレンに敵意剥き出しだった。

だらーんとぶら下がるように無気力な僕は面倒な性格だったリリーのことをすっかり忘れていたのだ。

「誰が誰のものだって?アーティはあんたのもんじゃないでしょ?返してよ、俺が話してたのに!」
「ふん。アーティは俺と語らうのだ。そのために出てきたんだ。邪魔をするな!」
「邪魔してんのそっちじゃん〜。万年引きこもり野郎のくせに。」
「なんだと?俺を侮辱するのか?いいだろう。その喧嘩買ってやる。」

バチバチと睨み合うアレンとリリーの出来上がりである。

なんてくだらない喧嘩なんだろうか。

そもそも、

「お前らが僕のものなんだよ。わかったらくだらないことで喧嘩するんじゃない。」

まったく、と言って二人を宥めるとジーナがお茶を用意して持ってきてくれたのだ。

「さすがアーティス様です!こんな美丈夫を従えているなんて…!」
「うん、そうだな。ジーナ、お前は僕の専属メイドから解雇する。」
「そんな!私何かしましたか?!」
「いっぱい余計なことしてくれたと思うんだが?」
「アーティス様のためを思って…!」
「そうか。ご苦労だった。」
「冷たい!冷たいですアーティス様!でもそこが素敵です!!!」

きゃあきゃあ言うジーナに解雇通達が全く通用しない件はどうしようか。

「ていうか私を解雇しても他のメイドも同じことすると思いますが?」
「………」

そりゃそうだ。
城のメイドなのだから報告義務はある。

もうメイドをつけてもらうことそのものをやめてもらおうか。

なんて考えつつも、報告しに行く手間が省けているのもまた事実。

しばらく様子見としようか。

それよりも、

「先に夜食も含めて食べるものを作るか。」

ジーナはもう行けと言って帰し、日が暮れている今の時間帯を空で確認してから立ち上がっていた。

「なに?アーティ自ら作るのか?俺も食べたいぞ。」
「一人増えようがたいして変わらん。好きにしろ。」
「俺、あれが食べたい!ハンバーグ!」
「この前も作っただろう。今日は唐揚げだ。」
「唐揚げも好きー!」
「アーティス様!部屋靴くらい履いてください!またそんな格好で出歩いて…!」
「おい、アレン。抱っこして運べ。ユランがうるさい。」
「はいはい。」
「何故だ?!なぜ俺に頼まんのだ?!」
「くそ。どっちにしろうるさいな。」

賑やかになり過ぎている気もしつつ、夕飯を作って部屋に持ち込み、作業は開始されていた。

「うんまあ〜っ!てかほんとに読めんの?!今日一日で学んだって頭おかし過ぎじゃない?」
「いいからお前は食ってろアレン。リリー、そっちの解読は?」
「概ね終わったぞ。古代兵器なんぞ何百年前かに一度見て終わったからな。また見に行くのも感慨深い。」
「見たことあんのリリー!?」
「愛称で呼ぶことを許可してるのはアーティだけだぞ?!」
「堅いこと言うなよ〜。」
「アーティス様も食べてください!ほら!」
「おかんかお前は!」

夜更けだと言うのにまったく騒がしいことこの上ない。

だが悪くもないと思っているから不思議なものだ。

前世では一人だった。
愛し合えたことは奇跡みたいなことだった。

ひとりが、ふたりになって。
それからずっと一緒にいた。

だけどこの世界ではいっぱいになった。

愛し合える人なんてなかなか見つからないものだと思っていたし、愛情なんてものも信じてなかったけど…。

「アーティがもぐもぐしてる〜!」
「餌付けとは卑怯な!俺にもやらせろ!」
「お二人ともアーティス様にもちゃんと食べるもの残しておいてくださいよ?!こんなに細いんですからね?!それと餌付けは私の役目ですので悪しからず。」

人をなんだと思ってるんだと思う奴らではあるが、多分これも愛情の一種なのではと最近考える。

遠がいたら聞けるのになあ、と思うものの。

あいつにそんなこと言ったらにこやかに嫉妬されそうだなと切り替えたら聞けなくてよかったと思い直すのだ。

まあそのうちわかるだろう。

答えのない疑問なんてないのだから。


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